イエス・キリストを通して ヨハネによる福音書1章14-18節 2013年4月21日礼拝説教 城倉啓牧師

先週はイエスとバプテスマのヨハネとの似ているところに焦点を合わせてお話をしました。ヨハネの生き方と死に方が、十字架のイエスを証言しているということを申し上げました。そこで、今日はヨハネとイエスとの違いについて申し上げます。両者の違いについて語ることは、恵みという言葉を説明することになると思います。
平たく言うなら、「ごめんなさい」と「ありがとう」との違いです。ヨハネは「神さまに向かってごめんなさいを言いなさい」という教えを広め、イエスは「神さまに向かってありがとうを言いなさい」という教えを広めたのです。
もう少し具体的に申し上げましょう。先週、ヨハネが領主ヘロデに向かって、「律法」=旧約聖書を用いて批判したことを述べました。「モーセの律法にこのように書いてあるのだから、兄弟の妻と結婚したあなたは神さまに謝るべきだ」とヨハネは面と向かって批判したのです。ヨハネという人は、相手が誰であろうが律法に沿った正しいことを要求しました。そして、相手に律法違反が見つかれば、誰であれ厳しく「神への謝罪」を求めたのです。この「神への謝罪」を「悔い改め」とも呼びます。
17節に「律法はモーセを通して与えられた」とあります。イスラエルにただで与えられた律法を、ヨハネは正しく使いこなしました。旧約聖書の預言者たちと同じように、モーセの精神・モーセの言葉を用いて、「神と隣人を愛せよ、さもなければ神に裁かれる」と説教をしたからです。この文脈でヨハネは、律法やモーセという言葉と結びついています。ヨハネは旧約聖書を象徴する人として登場しています。旧約聖書は新約聖書より先にあったのですが、新約聖書の方が実はことがらとしては優先されるべきだからです(15節)。ごめんなさいよりもありがとうの方が優れているからです(後に詳述)。
ヨハネはバプテスマという儀式を用いて、「神への謝罪」をかたちにして表すことを勧めました。そして人々を荒れ野に招き、ヨルダン川に浸し、人里離れた地での修道生活へと導いたのです。バプテスマ自体は旧約聖書にありません。しかし当時のユダヤ教のエッセネ派というグループは行っていました。ヨハネの宗団はエッセネ派の一支流だったと推測されています。非常に厳しい戒律によって修道生活をすることにその特徴があります。ヨハネ自身もいなごと野蜜のみを食べるという荒行を課していました。
少し寄り道をします。当時のユダヤ教は百家争鳴の時代でした。聖書にはファリサイ派(庶民派)、サドカイ派(神殿貴族)が紹介されています。その他にも、政党のような宗団として熱心党(ゼロタイ)という反ローマ帝国・武力革命を目指すグループや、ヘロデ党という親ローマ帝国・領主ヘロデのシンパがいました。それに加えて、ヨセフスというユダヤ人歴史家がエッセネ派について紹介しています。これら各グループにお抱え律法学者たちがいました。さらには、イエスとその仲間たちが新興勢力として歴史の舞台を駆け抜けたのです。彼ら・彼女らには律法学者はいません。イエスが律法を大胆に解釈する人として中心にいたからです。そのような大まかな見取り図が必要です。
さて、話をヨハネに戻します。マタイ3:7-12を読むと、ヨハネの「ごめんなさい運動」がよく分かります(新約4ページ)。ここには他のユダヤ人グループがヨハネ宗団へと改宗しているさまが描かれています。そしてヨハネの説教の中心が「怒れる神の前での悔い改め」であることが分かります。ヨハネはアブラハムの子孫であることを誇る民族主義を批判しました。それは預言者が自分の民の滅びを預言したのと同じ方向性です。律法と預言はヨハネにおいて実現しています。
ヨハネは偉大な人物です。現代社会において「誠実な謝罪と賠償」ということがらの重要性がますます大きくなっています。隣国との関係でも、あの侵略の時代(1869年-1945年)の罪責を誠実に謝罪しないこと・賠償しないことが問題解決を遠ざけています。あるいは、ドメスティック・バイオレンスやセクシュアル・ハラスメントということがらにおいても、加害者の誠実な謝罪と賠償なしに真の解決はありえません。「こんなに謝っているのになぜ謝罪を受け取れない」などと逆恨みする男性たちは、誠実な謝罪という言葉の意味が分かっていません。許すか許さないかの判断は被害者女性側にしかないということを知るべきです。「どんなに謝っても裁かれるかもしれない神」のイメージを語るヨハネは、現代において再評価されるべき人物でしょう。彼は「真理」(14・17節)を語り抜いた人です。
しかしイエスはヨハネの良さを含みながら、なおそれ以上の方です。預言者でありかつ預言者以上の方です。ヨハネ自身がそのように語っています(15節)。いったい何が優れているのでしょうか。
14節に、イエスが「わたしたちの間に宿られた」とあります。宿るという言葉は、テントを張って野宿をする生活をしたという意味です。ヨハネは人里離れた場所でバプテスマを行い、人々を修道生活に導きました。しかし、イエスは町の中に入って行きました。人々の間に分け入って、誰も友だちにならない人の家に行き、客となり、そこで一泊しました。誰も食事に招いてくれない人を食卓に招き、また隣人を誰も招くことができない人の食卓の友となりました。徴税人・娼婦・罪人と呼ばれていた人と交わり、「彼は罪人の仲間・客となった」と蔑まれました。
しかも一つの町ではなく、ガリラヤ中の町を巡り同じことをされました。さらにはガリラヤからユダヤ地方の間の町を旅し、枕するところがないときさえありました。文字通り野宿をされたのです。神の子自らが動き回って人々の間に宿ったのです。これがヨハネとの違いです。つまり、ヨハネは条件付きの愛を示したのです。荒れ野に来られる人、ヨルダン川に入れる人、修道生活ができる人、それらの条件を果たせる人は神への謝罪・誠実な賠償を果たすことができる人になれると語ったのです。これは健康な人、健常者、大人、理解力のある人を前提しています。
それに比べてイエスの周りでは何が起こっていたのでしょうか。一人ではイエスのもとに来られない病人を人々が連れてくることも起こり、さらには、イエス自身が体の動けない人のもとを訪れるということが起こるのです。ごめんなさいも言えない乳児を抱きかかえ祝福するということが起こるのです。ここには無条件の愛が示されています。一方的な愛といっても良いでしょう。パウロが好む単語で言えばそれは「恵み」です(14・16・17節)。パウロとマルコが好きな言葉で言えばそれは「充溢」です(16節)。パウロとマルコの言葉を引き受けてヨハネは、神の無条件の愛を、彼自身はあまり用いない「恵み」「あふれる豊かさ」という言葉で表現しています。
もし神が地上に来たならばイエスのように振る舞うのだろう、これがキリスト信徒の信仰です。いまだかつて神を見た人はいません(18節)。しかし2000年前パレスチナで人々はイエス・キリストを通して神に出会ったのです。その方はヨハネと同じく力を濫用する者たちには徹底的に厳しく(弟子に対してさえも)、力を奪われている者たちには徹底的に優しい方でした。「救いの条件」に苦しめられている人に、無条件の救いを体験させる方でした。だから人々はイエスの前で素直に「ありがとう」を言うことができたのです。真理だけではなく「恵みと真理」がイエス・キリストを通して現れたと言えるかもしれません(14・17節)。
イエス・キリストの周りに「ありがとう運動」の輪が広がっていきます。この運動はヨハネのごめんなさい運動以上に盛り上がっていきます。より優れた内容を含んでいたからです。謝罪だけでは人は卑屈になりうるのです。尊厳を保てない場合があります。あるいは無用の謝罪や屈従を強いられている人には圧倒的な肯定こそが意味を持ちます。十字架と復活は、ありがとう運動の頂点です。十字架の主の前でわたしたちは誠実な謝罪をします。そして復活の主の前でわたしたちは心から感謝をします。これらはすべてわたしたちの生きている前にすでに行われた一方的な無条件の愛・救いのできごとです。
教会はこのイエスが開始したありがとう運動(「神の国運動」)の継承者です。一体何を行うことが「恵みと真理」を地上で表すことになるのでしょうか。ヨハネ福音書は、三位一体の神の有り様を独特の仕方で語ります。15節で「わたしより先におられた」とイエスのことを言うのは、天地創造の時にイエスが神と共にいたということ・創造主だったということと同じ意味です(1-3節)。それをさらに具体的にふくらませて、18節で「父のふところにいる独り子」とも言っています。このイメージを教会で実現させることが必要です。
「父のふところ(コルポス)にいる独り子」とはどういう意味でしょうか。この翻訳では赤ちゃんを抱きかかえる図を思い浮かべてしまいますが、実はこれは食卓の場面です。当時のユダヤ人の食事は寝そべりながら行われました。最後の晩餐は椅子ではなく、片ひじをついて横になって食卓を囲み、それぞれが重なり合い、隣の人の胸に自分の頭がくっつく感じで食べていたのです。13:25の最後の晩餐の一場面はそうでなくては理解できません。18節も「ふところの中へと」という動きを表すのが直訳です。
ルカ福音書は同じ「ふところ」を貧しいラザロのたとえ話の中で用います(16:22、新共同訳「すぐそばに」)。アブラハムのふところにいるラザロです。到底赤ん坊ではありません。そして同じルカは神の国の食卓にアブラハムら族長がいることを語っています(ルカ13:28以下、14:15以下)。その食卓でも、みなが片ひじをついて横になって食卓を囲んでいたに違いありませんし、貧しいラザロも正にそのアブラハムの食卓で、彼のふところにいたのでしょう。
ヨハネの描く三位一体の神は食卓を囲む神の姿です。しかも寝そべりながら低い場所で水平の交わりを楽しむ神です。そしてその三位一体の神の姿は、イエス・キリストを通して現された神の国の姿とそのまま重なり合います。だからわたしたちイエス・キリストを信じる群れ、イエス・キリストを通して無条件の愛を知った群れは、この三つで一つの神のようになることが求められています。およそ教理というものは実践的な意味を持つ限り意義深いものです。
具体の勧めの一つは禁欲的にならないということです。ヨハネとの違いでもあります。教会は「ありがとう」を基調にして楽しいことを楽しむ場所です。毎週の礼拝が祝宴・祝祭になることを目指しましょう。神さまは自らの三一の交わりを楽しんでおられるからです(箴言8:22-31参照)。
二つ目は権威主義を捨てることです。教会は互いに低い平等の交わりをつくるものです。力を濫用する人から武器を捨てさせること、支配したがる/されたがることを止めることが互いに必要です。ごめんなさいも大事です。神さまは三一の交わりを低いところで形作っておられるからです。
三つ目は誰でも招くということです。すべての人は神とその独り子の交わり、三一の交わりを真似することができるのです。それはイエス・キリストがすべての人を照らす真の光だからです。イエス・キリストを通して与えられた恵みの中に人々を招いていきましょう。祈ります。