今週の一言 2013年10月31日

10月31日はエレミヤ書1章1-10節を学びました。

エレミヤは前627年から前585年まで活躍をした預言者です(2-3節)。彼はベニヤミン部族に属し、アナトトという町の出身です(1節)。この出自にエレミヤの自由な批判精神の源があります。ベニヤミンは元々北の部族です。そのためエレミヤはナホムのような南ユダ王国への「偏狭な愛国心」を持ち合わせていません。またエレミヤはソロモン王が左遷しアナトトに蟄居させた祭司アビアタルの子孫かもしれません(王上2:26)。ソロモンの建てた神殿に対するエレミヤの激しい批判は(エレ7:1-11)、このような歴史的淵源を持っている可能性があります。

4節以降には預言者の「召命記事」が記されています。それは預言者がどのようにして神に任命されたかを記すものです。エレミヤの召命記事はイザヤ(イザ6章)とモーセ(出3章)のものとよく似ています。三者に共通する内容は、①神と一対一のかたちで面と向かうこと(4節)、②そのときに自分自身の弱さないしは破れを自覚すること(預言者としてふさわしくないという思い。特に人前で語る能力に関して。6節)、③それにもかかわらず強引に召し出す神の派遣といったことがらです(7節)。そのほか、「神が必ず共にいる」という約束が、モーセとエレミヤとで共通しています(8節)。

エレミヤ特有の部分もあります。それは「いのちの神」「創造主」への信仰を前面に打ち出している点、そして自国のためだけではなく世界に仕えるという仕事を掲げている点です。神はエレミヤに「あなたを母の胎内に造る前から知り、諸国民の預言者として任命した」と語ります(5節)。どちらの特徴も聖書の信仰のすそ野を広げ信者の視野を広げる効果をもたらしました。弱小の奴隷の民を救った「民族神」が実は全世界の創り主である、また、小国イスラエルの「国家神」が実は諸国民の神であるという拡大です。

エレミヤの40年以上の預言者活動は召命の出来事に方向づけられていました。申命記改革(前622)、ヨシヤ王の戦死(前609)、第一次・第二次のバビロン捕囚(前598・587)という激動の時代にスケールの大きな言葉の数々が語られます。そして歴史は彼の語った「神の言葉(出来事)」どおりに進んでいきます。(JK)