今週の一言 2013年6月20日

6/20の祈り会ではイザヤ書8章23節-9章6節を学びました。

 この聖句はヒゼキヤ王の即位の年に書かれたと推測されます(前728年)。となると、シリア・エフライム戦争の結果(前732年終結)、北イスラエル王国がアッシリア帝国に領土の多くを奪われたことを前提にしています。ですから元来この預言は、異邦人の軍靴に踏みにじられ奪われたガリラヤ地方が、やがて「本土復帰」することを願う希望の言葉だったのです。

 ところが、北イスラエル王国は前722年にアッシリア帝国によって滅ぼされてしまいます。イザヤの希望の預言は外れたのです。ヒゼキヤ王の率いる南ユダ王国にも、ガリラヤ地方の失地を回復する軍事力はありませんでした。

 イザヤはヒゼキヤ王を「平和の君」と呼んでいます。この言葉は恐らく軍事的な力によって国際紛争を解決して平和をつくるという意味でしょう。国連平和維持軍(PKF)のような発想です。ヒゼキヤ王の即位の6年後に、イザヤは挫折を経験します。北王国は滅びガリラヤ地方は永遠に取り戻せなくなったからです。軍事的英雄である王を「平和の君」と呼ぶことは所詮形容矛盾なのです。イザヤの平和思想はこの後「絶対非戦」へと深まっていきます。

さて、新約聖書の福音書記者たちは、独自の展開でイザヤの「当たらなかった預言」を再解釈し、「預言は実現した」と主張します。ルカは、バプテスマのヨハネが人々を平和の道へと導く闇の中の光であると解します(ルカ1:79)。ヨハネは、イエス・キリストの到来が闇の中の光であると語ります(ヨハ1:5)。マタイは、絶対非戦・非暴力の平和を造り出す神の子イエス・キリストが、ガリラヤにおいて活動したことを、イザヤの預言の実現と解します(マタ4:15-16)。解釈の方向性は定まっています。「平和の君」とは軍事的な王ではなく、死刑囚として殺された方であるということです。

6月23日は沖縄戦終結(とされた)日、「慰霊の日」です。日本国憲法が施行された後も、ただの一度も9条の示す理想は沖縄で実現していません。米軍の世界戦略の中で維持されている「平和」は、聖書が語る意味での平和とは異なるものであることを改めて思います。(JK)