今週の一言 2013年7月11日

7/11の祈り会ではミカ書4章1-5節を学びました。

 ミカは紀元前8世紀に活躍した四人目の預言者です。南王国のモレシェトという地方の農村出身者でありイザヤの同時代人です。彼はアッシリア帝国の侵略戦争によって故郷を追われ、首都エルサレムで活動をしました。

 ミカ4:1-3とイザヤ2:2-4は同じ内容の文章です。この重複の理由については「ミカが元来の著者であり、友人であるイザヤがそれを真似た」とわたしは推測しています。戦争難民として平和を希望するという姿勢が、4:1-5によく表されていると考えるからです。

 1-3節は「戦争放棄」を述べています。国連のロビーにも掲げられている「剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする」という言葉、農民出身のミカならではの発想であると思います。ミカは首都エルサレムを取り囲むアッシリアの大軍を見ながら、もう一つの現実をはるかに望みみます。世界中の民が主の礼拝者となる希望です。

 礼拝においては主がはるか遠くの強国を戒め、「道(生き方)」が聖書から示されます。それは戦うことではなく平和の造り方を学ぶという生き方です。

 平和の具体化が4-5節で語られます。一つは何ものからも脅かされないという状態です。戦争がないということだけが平和ではありません。人権侵害に脅かされるときに平和は実現していません。木陰でのんびりと過ごす自由が保証されていることに平和の実りがあります。

 二つ目には多様性を認め合う寛容な社会です。唯一の主を礼拝することは他宗教を併呑させていくことではないとミカは語ります。イスラエルも含めどの民も自分たちの信じる神を礼拝して良いのです。古代世界において戦争は常に宗教的聖戦です。宗教が戦争遂行の道具とされます。その常識をミカは批判しています。

 三つ目は座ることです。沖縄のガンジーと呼ばれた阿波根昌鴻(あはごん しょうこう)は非暴力抵抗運動によって伊江島の米軍基地を67%返還させました。「座って教え諭すように米兵に語りかける」を旨としていたそうです。平和・非暴力・相互寛容の社会をつくるヒントがあります。(JK)