特定秘密保護法の成立に寄せて

以下の文章は、出版予定の特定秘密保護法に反対する超教派の牧師たちの共著に寄せた拙文です。おそらくほぼ変わりなく載ると思います。有志の集まりですが500名近くの牧師たちが同法の廃止を求めて声を上げています。呼びかけ人の一人として、立たされたので以下転載いたします。

「そもそも「国家機密」は必要でしょうか」

泉バプテスト教会牧師 城倉啓(じょうくら けい)

 

そもそも国家には行政上の秘密保持が必要なのでしょうか。国家機密を程度問題にしてしまう時に、秘密保護法に対する批判が鈍ってしまうことを危惧します。「ある程度の国家機密は必要」なのでしょうか。わたしはあらゆる情報が主権者のものであると考えます。特に平和憲法のもとでは、軍事・外交に関する情報こそ開示されるべきです。わたしは武力を持つ自衛隊の存在や在日米軍基地の存在は違憲だという意見の持ち主です。

キリスト者にとって、「露わにされない秘密などありえない」=「神はすべてをご存知」ということがすべての基盤です。この視点から言えば、「国家」なる人工物を守るための「機密」など大したことではありません。なぜならもっと大きな秘密があるからです。それは「来るべき方」「平和の主」がいつ来られるかを、わたしたちが知らないということです。このような「神の国」の視点から見たときに、「国家機密」が相対化されます。

政府が特定秘密保護法の必要性として挙げている理由には説得力がありません。自衛隊の配備や、武器の装備、米軍がどこにいるか、どの国とどのような交渉をしているかなどは、国家のみが独占すべき内容ではないとわたしは考えます。というのも、現代の戦争においては国益が問題なのではなく、国家を超えた/またいだ軍需産業の利益こそが問題だからです。安倍政権もまた、日本国を超えた国際軍需産業の意向を汲んだ政策を行っているのでしょう。適度な民族主義的な国際紛争こそが金儲けの秘訣です。

今こそ国際的連帯による平和構築が必要です。世界中に遣わされているキリスト者たちと戦争と戦争の噂に関する情報の共有をしていきましょう。これこそ、特定秘密保護法を成立させた悪霊的勢力との霊的闘いです。神の国の来るその時まで、平和を実現する祈りと行動を共にしていきましょう。