荒野で叫ぶ者の声 ルカによる福音書3章1-6節 2016年6月5日礼拝説教

原則的に泉バプテスト教会といづみ幼稚園では元号を用いません。日本バプテスト連盟も1979年に成立した「元号法」に反対の立場です。その理由は、戦前の国家神道(政教一致体制)の復古をおそれるからです。天皇の在位した時を基準に時間を刻むことは、人を神に近い存在に押し上げる可能性があります。わたしたちはひとりの人でしかない天皇の在位期間によって「~時代」と区切る必要はありません。江戸幕府のような政権で時代を区切るなら、薩長政権で区切れば良いし、国名の変遷で区切るなら大日本帝国と日本国が区切りになるでしょう。実際大正時代はあまりにも短くて不合理です。

法的根拠なしに敗戦後34年間も慣例として元号を使い続け、なし崩し的に合法化したこの経緯は、集団的自衛権行使容認に通じるものがあります。「違憲とまでは言えない」という態度で自衛隊・在日米軍基地を容認し続けたことの延長に、PKO派兵・アフガンとイラク特措法・集団的自衛権行使容認の閣議決定・安全保障法制「成立」があります。

福音書記者ルカには今申し上げたような「元号批判」という問題意識はありません。王の在位期間を基準に時間を刻むことは、イエスの時代では当たり前のことでしたし、いわゆる世界基準になる「共通暦Common Era」が存在しなかったからです。「皇帝ティベリウスの治世の第十五年」は、西暦(とりあえずの共通暦)に直すと、紀元後29年にあたります。ティベリウスは、初代皇帝アウグストゥス(2章1節)から引き継いだ、第二代目のローマ皇帝です。歴史家であろうとする著者ルカは、当時の歴史書の体裁に合わせて、元号と同じ発想で「皇帝ティベリウスの治世の第十五年」と記します。わたしたちはこの立場に立つべきではありません。

紀元後29年当時、「ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主」でした。この二人は、イエスを処刑するための裁判の際に登場します(23章1-25節)。ピラトは、米国占領下の沖縄の「琉球列島高等弁務官」のような地位の政治家です。ヘロデの場合は「地方自治体首長」でしょうか。ヘロデにはイエスを殺させないように働きかけることができましたし、ピラトに至ってはイエスの無罪放免の決済をすることすらできました。

しかしどうしてもイエスを殺したいアンナスと、アンナスの娘婿である大祭司カイアファ(2節)の要請を受け入れて、ピラトもヘロデもイエスの死刑を容認しました。積極的に悪事を行う者たちだけが問題ではありません。むしろ、悪事を黙認したり(ピラト)、興味本位で無責任に見過ごしにしたりする者(ヘロデ)たちこそ、問題なのです。特に権力は正しい判断のために適切に用いられるべきなので、ピラトのように自己保身(公正な判断を曇らせる要因)のために権力を用いないのは良くないのです。

ローマ帝国の属州総督には莫大な富が約束されました。ピラトが在任期間をなるべく長くしたい理由です。ヘロデはピラトにおもねります。自分の兄アルケラオスはローマ皇帝に不興を買って「王」を辞任させられました。そこでヘロデやフィリポに領土が分割されたのです(四分封領主)。ピラトもヘロデも自分の地位を保つことに関心があり、「正義」「愛」などは関係ないのです。

なお大祭司は一人しかなれないので、「アンナスとカイアファとが大祭司であったとき」というルカの記述は不正確です。アンナスではなくカイアファが当時の大祭司です。この点ヨハネ18章13節の理解が正しいものです。イエスを死刑にする際の秘密裁判についてヨハネ福音書は、詳細に記しています。それは、カイアファの前任者・舅のアンナスが、院政を敷いていた闇将軍・黒幕・一番腹黒い人物であることを証言しています。

この何気ない年代記述にも、十字架の出来事が透けて見えます。イエスを殺した人々は誰であったのか、その人々の罪とは何であるのかを、ルカは予め名指しし説明しています。そして、「悔い改め」(3節)を最も必要とする人々が誰であり、何から何へと生き方を変えることが「悔い改め」なのかを、明らかに示しています。

人間の社会には格差があります。5節の言葉で言えば、「谷」という低みと、「山と丘」という高みがあり、その差が格差です。聖書はしばしば山や丘などの高みを、権力者たちが持っている社会的地位の高さ・力の大きさ・思い上がる傲慢な態度と重ね合わせます。政治の仕事は、谷を埋めて低みにあえぐ人々を押し上げ、山と丘を削って、谷を埋める分の土をつくることにあります。いわゆる富の再配分、そのための税金徴収、これこそ経済政策の肝です。

ローマの総督も、植民地ユダヤの四分封領主も、大祭司も、低いところを埋め、高いところを削ろうとは思っていません。むしろ逆に谷をさらに削って、自分の山を高くしようとしています。

この「谷と山の格差」の問題を、もう少しわかりやすく「マリア/エリサベトの歌」は語っています。「主はその腕で力を振るい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」(1章51-53節)。これが政治の仕事、経済政策というもののあるべき姿です。

経済の語源は「経世済民」、国家というNPOによって世を経営し、民を済うこと、つまり経済とは政治そのものです。全員が仰ぎ見るべき「神の救い」「まつりごと」です(6節)。

最近経済学者の浜矩子さんの発言に触れました。経済政策とは、①崩れたバランスを整えること、②弱者を救済することなのだそうです。経済成長をするために弱者を切り捨てるということは下策とのこと。また大企業を儲けさせ、年金のために徴収したお金で株価を上げ、GDPを大きくし、軍事大国になるために経済を操作したりするのは、経済政策の名に値しない(アホノミクス)とのことです。経済格差が確実に広がって社会のバランスが失われているからです。

バランスを保てばより多くの人々が幸せになる、そのためにこそ経済政策の舵を取ることが大切です。消費税増税延期でもバランスは保てないでしょう。廃止するぐらいでないと大多数の人々の実質賃金は上がりません。首相は「アベノミクスは失敗だ」と自分で言ってしまったようなものです。

現在の日本で所得順に上から並べると年収244万円がちょうど真ん中だそうです。6000万人以上の人が244万円以下です。その半分122万円を貧困線と呼び、それ以下の人が「貧しい人」です。それは6人に1人の割合(相対的貧困率16.1%)ですが、1人親世帯に限れば54.6%に跳ね上がります(先進国の中で最悪)。GDPは世界3位なのに。日本社会の格差は小泉政権以降どんどん広がっています。格差を埋める政策こそ経済政策=政治の名に値するものです。

聖書の表現で言えば、バランスを保つことは、切り土と盛土や、曲がりくねった道をまっすぐに直すことに喩えられます。さまざまな事情によって国家は上下変動・右往左往しますが、平らにしよう・まっすぐにしようという努力が必要です。「特に困っている人のために税金を使ってください。そのために国家があるのですから」と強く思います。

ここに列挙された政治家たちが悔い改めるべき内容は、経済政策にあります。自分たちの富のための政治ではなく、一人ひとりの今日食べるパンのための政治こそが求められています。それを「正義」や「愛」と言います。イエスが生涯をかけて主張した「神の言葉」(2節)です。そしてそのイエスには先駆者がいました。半年早く生まれたバプテスマのヨハネです。

ザカリアとエリサベトの息子ヨハネは、正義と愛を目指す悔い改めを訴えてこの世界に登場しました。彼は具体的な不正を指摘し、そこからの生き直しを人々に勧めました。「罪(複数)の赦しを得させるために悔い改めのバプテスマを宣べ伝えた」とあります。次週詳しく取り上げますが、ヨハネは一つ一つの罪の具体事例を個別に伝えています。一括した「原罪(単数)」の赦しを与えることは神にしかできません。ヨハネが行ったことは、個別に数え上げることができる複数の具体的不正からの脱出を、個別具体的に説くことでした。「犯した罪の赦しを得るためではなく」「徳を実行して互いに正義をもとめ」(ヨセフス『ユダヤ古代誌6』ちくま学芸文庫、2000年、50頁)るために、ヨハネはバプテスマを行いました。

彼は神殿貴族の出身です。サドカイ派の祭司ザカリアの息子です。神殿で搾取をする側の人間であり、イエスたち巡礼客を食い物にしていました。その矛盾と不正に耐えられなくなったのでしょう。「人間としてのヨハネは根っからの善人」(前掲書)と評されます。母の歌を口ずさむ善人だからこそ、父と母を棄ててヨハネは、エッセネ派という死海周辺の荒野で共同修道生活をする宗派に身を投じます。エッセネ派がサドカイ派神殿貴族と対立し、神学的主張において対極にあったからです。エッセネ派に入会するときには沐浴が義務付けられ、頻繁に罪の清めのための沐浴がなされていました。

あるときヨハネはエッセネ派の修道院からも出て自分の教団を創ります。おそらく引っ込んだところで仲間とだけ修道生活をしても世の中の不正が変わらないことに疑問を感じたのでしょう。密室でなされる自分の清めの儀式が世界に何の効果も与えていないことに嫌気が差したのでしょう。エリヤという旧約の預言者も自分の意見を公にし、当時の王を面と向かって批判しました。ヨハネは雄弁であり経済を語ることができました。彼はエリヤの服装を真似て「らくだの毛衣」を着(マルコ1章6節)、ヨルダン川沿いを南北に歩きながら、人々に大声で演説をします。「この世界の格差を直せ」(4-6節)。高いところを低くして、低いところを高めよ。曲がった道をまっすぐにせよ。

エッセネ派からならった食物規制は継承しますが、沐浴に関してはおそらく一生に一回のものに格上げし、ヨルダン川という公開の場面に設定し、公衆の面前での生き直しを各個人に迫りました。この一回きりの公開バプテスマにヨハネの新しさがあります。「荒れ野」の意義は、ヨハネが密室から出て世界に向けた発信をしたというところにあるのでしょう。だから、街中を巡回したイエスの「神の国運動」の先駆的な意味が、「荒れ野で叫ぶ者の声」であるバプテスマのヨハネの運動にあります。

ヨハネの巡回演説は、格差社会の中に生きていた人々の良心に届きました。実際に恵まれていたのに、その地位や財産を棄てて、格差是正を訴えるヨハネに説得力がありました。恐れないで大胆に権力批判をする姿にも人々はしびれました。「正義」と「愛」、神の言葉が彼に臨んでいました。

今日の小さな生き方の提案は、ヨハネに倣うことです。わたしたちの礼拝は密室での出来事です。それは自己満足をもたらします。そのことを大切にしながらも、わたしたちはここから出て自分たちの荒れ野へと帰っていきます。そこで小さくても良いから正義と愛を語れるかが問われています。格差社会の中で、わたしたちの発する言葉が神の言葉となるように祈りましょう。