誓いの井戸 創世記26章26-35節 2019年3月3日礼拝説教

先週の話は、イサクの僕たちがベエル・シェバという町で井戸を掘ったというところで終わっていました(25節)。この井戸だけは名前が付いていませんでした。掘り当てたかどうかは不明です。本日の32-33節は、25節で掘り始めた井戸についての顛末のようです。今日は、ギリシャ語訳の旧約聖書の助けを借りながら、26節から35節までを読み解いていきます。

ギリシャ語訳聖書は、一貫してベエル・シェバという地名を、「誓いの井戸」と呼びます(23・33節)。33節に紹介されている「ベエル(の井戸)・シェバ(誓い)」の意味を翻訳しているからです。カタカナ表記のように地名を音写していません。場所がどこであるのかということよりも、井戸をめぐってイサクとアビメレクの間に誓約が交わされたということが重要だからです。実際ベエル・シェバは、ゲラルとかなり離れています。人畜無害の距離です。誓約の実際の効果よりも、むしろ、誓約を交わすことの方がより重要なのです。

26-33節は、なぜベエル・シェバという地名が付けられたのかを説明する物語です。アブラハムにも似た物語があります(21章22-34節)。アブラハムの時には、「シェバ」のもう一つの意味「七」も関連付けていました(同28節)。イサクの物語では「七」を省き、「誓約」に絞っています。誓約を交わすことが重要だと言いたいからでしょう。

さらに突っ込んで言えば、誓約を交わすことだけではなく誓約を交わす過程も重要です。遠くからアビメレクがわざわざイサクのところに来ること(26章26節)。同じ対話のテーブルに着くこと。対話の中で両者の歴史認識がすり合わされること(27-29節)。共に食卓を囲むこと(30節)。客となって一泊し誓約を交わすこと(31節)。これらの一連の行為が重要です。過程が、誓約の内容と深く関わっているからです。両者は平和を約束し合い平和を形づくっています。29節「無事に」と31節「安らかに」は、ヘブライ語「ベ・シャローム(平和のうちに)」であり全く同じ表現です。アビメレクがイサクにしたように、イサクもアビメレクにしたのです。誓約に基づき、また誓約に向かって、平和を作り続ける過程が重要です。手段が目的を規定しています。

ギリシャ語訳聖書は、「井戸」すらも重視しません。32節ヘブライ語聖書は「わたしたちは水を見出しました」としますが、ギリシャ語訳は「わたしたちは水を見出しませんでした」とします。掘ったけれども掘り当てなかったその井戸をイサクは、「シブア(誓い)」と名付けたというのです。示唆深いと思います。井戸を掘り当てたら名前を付けるというパターンから、イサクは抜け出ます。そこに「報復」の匂いがするからでしょう(18節「父が付けたとおりの名前を付けた」、20節「争い/不正義(ギリシャ語訳)」、21節「敵意/敵対」)。争いの元になるぐらいならば、名付けも要らないし、井戸も要らないのです。争いそのものが不正義だからです。

少し横道に入ります。争いが不正義という視点に連関させて、エサウの結婚の物語を読み直してみましょう(34-35節)。ヘト人については諸説ありますが、カナンの地に住む先住民の一つであろうと考えられます。「ユディト」(34節)という名前は「ユダの女性」という意味です。「バセマト」は「香り」。ヘブライ語で十分通じる名前です。ヘト人とイスラエルの近さを示します。

23章でイサクの母サラの埋葬の際に、アブラハムは親切なヘト人から墓地を購入しています。この親近感を考えると、ヘト人だからイサク・リベカ夫妻がエサウの妻たちを嫌ったのではないでしょう。後にリベカは民族差別的な発言をしていますが(27章46節)、これは芝居の一部です。ヤコブを実家に逃がすための方便です。35節の直訳は、「彼女たちは、イサクとリベカにとって霊の苦みとなった」。ギリシャ語訳は「彼女たちは、イサクとリベカと争い続けていた」。ヘブライ語名詞「苦み」(マラ)を、動詞「反抗的になる」(マラ)と解すれば不可能ではない翻訳です。そして継続的行為でエサウの妻たちがいつも争っていることを問題視しています。ちなみに「ベエリ」(34節)は「私の井戸」という意味です。井戸の取り合いという争いが、一貫して批判されていると考えるのが良いと思います。

エサウは父イサクが結婚した年齢と同じ40歳で結婚をしています。形式的には気を使っています。しかし、彼は一夫多妻制を採りました。この点についてはイサクもリベカも批判的だったように思います。このユディトとバセマトも互いに争った可能性があります(ヤコブの四人の妻と同様に)。妻同士互いに争い合い、エサウの両親とも争うことが問題です。

このように脇道を見渡しても争いが焦点です。争いからどのように救われ解放されるのかを、アビメレクとイサクの誓約から学ぶということが、本日の主題です。アビメレクとイサクの平和のつくり方に学びます。

最も大きなことは歴史認識の違いを乗り越える努力です。過去の一つの出来事を見る時に、立場によって見え方が変わります。イサクがゲラルから出たという事件にも(15-17節)、このことが当てはまります。「なぜあなたたちは来たのか。つまりあなたたちこそ私を憎み、あなたたちと共なるところから追い出した(シャラハ)」(27節)。イサクはアビメレクの憎悪による追放と理解しています。追い出されなければ、ゲラルで神の祝福をもっと豊かに得られただろうにという悔しさもにじみます。ゲラルの羊飼いたちとの井戸をめぐる争いも、悪意で解釈すればアビメレクの差金かもしれません。父から伝わる多くの井戸を手放しました。そして未だにベエル・シェバで井戸は掘り当てられていません。「あんたたち、何しに来た」という感覚でしょう。

しかしアビメレクにも言い分があります。そもそもはイサクの嘘がありました。そして、アビメレクの勅令(夫婦に触れるなという保護)がありました。そのおかげで、イサクは富める者になったのです。誰のおかげで大きくなったのだと、言いたいことでしょう。「我々があなたに触れなかったように、また我々があなたに善だけを行い、あなたを平和のうちに送り出した(シャラハ)ように、絶対にあなたは我々と共に悪(ラア)を行わないでほしい」(29節)。

アビメレクは憎悪による追放をしたとは考えていません。ゲラルの住民から暴力がイサクに及ぶことを避けたと考えています。18節までは、その通りにことは進みました。できればもっと遠くに移住して欲しかったところ、イサクがアブラハムの井戸にこだわって近くに引っ越した。それによってゲラルの羊飼いと井戸をめぐる争いになってしまいました(19-22節)。争いについてアビメレクは謝罪をしています。「我々と共に悪(ラア)を行わないでほしい」という言い方で、羊飼い(ロエ)が悪(ラア)を行ったことを、参謀(ロエ)が公式に認めています。争い合いは共に悪を行うことなのです。

ここには語呂合わせがあります。羊飼い(ロエ)・悪(ラア)・仲間(ロエ)はすべて同じ子音三文字です(r->-h)。仲間は「参謀」(26節)と訳されています。また「互いに(男性と彼の仲間)」に含まれています(31節。ただしサマリア五書とギリシャ語訳)。この語呂合わせによって、ゲラルの人々とイサクの一族郎党(一部はゲラルの人)との関係が言い表されています。それは聖書の人間理解に関わります。聖書は人間を、あるいは人間の集まりである社会を、あるいは多文化をどのように捉えているのでしょうか。彼ら彼女らは「人間仲間」です。お互いに悪を行うこともあります。縄張り争い等利害が対立することもあります。しかし大切な隣人です。決して争ってはいけないのです。むしろ共存する道を探ることが、人間の世において求められています。

共存のためには、率直に自分たちの歴史認識を出し合うことが必要です。「憎んで追い出した/平和理に送り出した」という食い違いがあることを認め合うことから次の対話が始まります。広島・長崎への原爆投下の是非については日米で鋭く歴史認識が対立しています。大日本帝国の植民地支配については旧植民地側と日本の認識は対立したまま放置されています。

アビメレクが優れているのは、自分からイサクの懐に飛び込んだことです。一泊二日の客となった。さらにイサクを評価したことです。彼の第一声は「ヤハウェはがあなたと共なるということを、わたしは確かに見た」(28節)、締めくくりは「あなたはヤハウェに祝福されている人だ」(29節)です。自分の正義をふりかざしていません。隔たりのある歴史認識の溝を埋めるためには、アビメレクのような語り方が必要でしょう。あなたの存在がすばらしいと、意見の異なる人に最初と最後に言い切ることです。そうすればその時点で全ての溝が埋まらなくても、次の話に発展します。

相手を祝福した上でアビメレクは、「相互中立不可侵の平和条約を結びましょう」と呼びかけています(28-29節)。その中核には、自分が編み出した勅令があります(11節)。ゲラル住民はイサク・リベカに触ってはいけないという保護法です。これをイサクの一族郎党とゲラル住民すべてに相互の保護のために行き渡らせるのです。そのためには国内法だけでは不十分です。相互を縛る国際条約が必要となります。互いに触れないということが良い。イサクの一族郎党は、再び飢饉がカナンの地に起こっても決してゲラルには来ないことを約束する。逆にゲラル住民は、イサクの井戸や生活圏を脅かさないことを約束する。距離を保つことで尊重し合う。これこそ平和だ。この平和を平和理に話し合いで決めていく。この話し合いという過程そのものが平和です。

イサクはアビメレクの信実を見ました。信頼に値する誠実さです。そこで、イサクは祝宴を彼らのために設け、共に食事をします(30節)。聖書において神の前で共に食べるということは、契約を交わす際にしばしば行われます(31章54節、出エジプト記24章)。最後の晩餐も、契約締結の食事の一種です。食事の後に一泊し、翌早朝契約を互いに交わします(31節)。敵の天幕に宿ることは、全幅の信頼を意味します。アビメレクもイサクに信実を見ました。

「そしてイサクは彼らを送り出した(シャラハ)。そして彼らは彼と共なるところから平和のうちに行った」(31節)。この言い方は両者が歴史認識の違いを乗り越えて、合意に達したことを示しています。「共なるところから互いに送り出すこと」が合意事項です。そうすれば平和をつくることができます。彼らは神の前で、それぞれの神と共に、平和条約を結びました。

その日イサクの僕たちが井戸について報告します。「わたしたちは水を見出しませんでした」(32節、ギリシャ語訳)。水は見出しませんでしたが、イサクは「掘る自由」「平和の構築方法」「共なる神」を見出します。それはアビメレクとの誓約に基づくものです。水の出ない井戸を見る度に、イサクの一族郎党は、平和の誓いを思い出し、平和の実現に思いを馳せるのです。

今日の小さな生き方の提案は、「共に生きない」ということです。わたしたちが礼拝に集まる理由は、平和のうちに送り出し合うことにあります。互いに適切な距離を保って、それぞれの人生・生命・生活を尊重するために、わたしたちは主の晩餐を囲んでいます。なるべく「共なるところ」を設定しないことにより、わたしたちは平和のうちに共存することができます。共に居て争うより距離を保って祝福し合う方が優れています。「礼拝のみ」でいきましょう。