12/24キャンドルサービス

36人+1頭のキャンドルサービス。コンセプトは羊飼いが焚火の周りに座っていたあの夜の追体験です。マイク無し・起立無し、クランツを中心に車座風。この日一歳の誕生日の人もいて、喜びもひとしおでした。礼拝後はお茶のお交わり。

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「地には平和」 ルカによる福音書2章14節 2013年12月24日(降誕日燭火礼拝)

)今年のキャンドルサービスで表現していることは、「みなさんであの夜の羊飼いたちの気持ちを感じてみよう」というものです。そういうわけで、マイクを使わず、クランツの周りに座席を設けました。静かな夜に焚き火を焚きながら徹夜の番をしていたあの人たちを真似するためです。犬が居るのは牧羊犬だと考えてください。古代パレスチナにも牧羊犬が居たことは知られています。

羊飼いたちはくたびれていました。夜勤がある生活に疲れていました。重労働です。その割には人々から尊重されない職業です。いつも羊の世話をしなくてはいけないので礼拝を守ることができません。そのために軽蔑されるのです。

羊飼いたちは憤っていました。重税の通知が来たからです。ローマ帝国が植民地全体の人口調査をし、きっちりと人頭税を取り立てようとしていました。エルサレム神殿への税金、ユダヤ自治政府への税金、幹線道路を使うたびに取られる交通税(ローマ帝国へ)だけで十分に生活は苦しくなっています。

羊飼いたちは絶望していました。世の中が真っ暗闇であり続けることに絶望していました。歴史家はこの時代を「ローマの平和Pax Romana」と呼びならわします。ローマ帝国の軍事支配・植民地に対する統治のうまさを褒めます。しかし聖書は、「羊飼いから見るとこの時代は平和ではない」と語ります。なぜなら天使が「地には平和があるように」と歌うからです。もし地に平和があればこのようには歌わなかったことでしょう。

羊飼いたちは赤ん坊のイエスを探しに出かけます。そして飼い葉桶に寝かされた赤ん坊を見つけます。原文には馬小屋(家畜小屋)という言葉はないので、もしかすると外だったのかもしれません。野宿労働者の羊飼いが見つけやすい、ほとんど屋外という状況に赤ん坊は居たのでしょう。すると羊飼いたちに平和が訪れました。赤ん坊のイエスに出会うと天使が言ったとおり、「地に平和」が実現したのです。これが「キリストの平和Pax Christi」です。

ローマの平和は力による支配です。そこには力の濫用があり暴力の横行がありました。「米軍の力による平和Pax Americana」を沖縄の人々が信じられないように、羊飼いたちはローマの平和を信じられないのです。しかし、赤ん坊のイエスの前では平和が彼ら彼女らにも実現します。それは、イエスが徹底的に無力であるからです。無力であるものは暴力的に相手を支配することはできません。自ら力を棄てる人は虐げられている人の友となり、平和をつくりだす人となります。今日わたしたちに勧められていることは力を棄てることです。そして闇の世にあって星のように輝いて平和をつくりだしていきましょう。