2/4今週の一言

2月4日の「聖書のいづみ」ではマタイによる福音書5章38-42節を学びました。「否定命題シリーズ」の続き。今回は出21:22-25(E)、レビ24:17-22(P)、申19:15-21(D)にある「目には目、歯には歯」の解釈です。

上記の「同害復讐法」はメソポタミア文明に起源があります。『ハンムラピ法典』にそっくりの規定があるので、おそらく五書を編纂した民がバビロン捕囚下で受容した同害復讐の趣旨と条文を五書に書き込んだのでしょう。三回も記載された理由は異なる三つの集団が書き込んだという事情によって説明できます。

法の趣旨は報復を止めることにあります。一本の歯を折られたら、一本の歯を折り返すことで復讐の連鎖を断ち切らなくてはならないからです。俗に「目には目を」と言いますが、本来的には「目には目で」と訳すべきでしょう。言い換えれば「一回かつ同等の報復のみ許容される」のです。

イエスはその教えを徹底化します。「片頬を打たれた場合に、相手の片頬を打つべきではない、むしろ両方の頬を打たれた方が良い」「上着を取られた場合は下着をも取らせて構わない」「求める者には与えよ」と語るからです。一回も報復してはいけないという思想はわたしたちを戸惑わせます。しかも、「相手から被る最初の不利益よりもさらに不利益が増えても良い」、実に「無制限に与えよ」とまで語るので、イエスの教えは受け容れがたいように思えます。

しかし立ち止まって考えてみましょう。一度報復が始まったら質量共にエスカレートするのが常です。また報復の連鎖を止めることができずに今日の世界は苦悩しています。この意味でイエスの教えは決して古びていません。

ルカとマタイに共通のこの「報復禁止命令」ないしは「敵に便宜を図るようにとの勧め」は、有名な「あなたの敵を愛しなさい」という教えと一まとまりになっています。敵を愛するということの具体例として、上記のような行動が例示列挙されていると考えられます。

米国黒人バプテストの牧師・市民運動家マーティン=ルーサー=キングJr.は、今日の箇所から非暴力抵抗運動による黒人差別撤廃の公民権運動を根拠づけました。敵を愛するということは、権力を濫用し暴力を奮う敵よりも高い倫理観で対峙するということです。情理を尽くして話し合いで解決することです。JK