2020/07/22今週の一言 Nさんの転入会の証

 私は1991年に生まれ、高校を卒業するまでの18年間を家族と4人暮らす実家で過ごしました。いきなりで驚かれるかもしれませんが、私は幼少期から10代の間、家庭内で辛いことを多く経験しました。私が生まれ育った家庭は家族同士日々喧嘩の絶えない所で、私自身が両親に罵倒されたり危害を加えられたりすることもありました。毎日家族の顔色をうかがい、気を使いながら過ごしていました。

 そんな私が、保育園に入る前にクリスチャンに出会っていました。何組かの家族と出かけた先で、母の気にさわるようなことを言った私は、長い間ひどく怒鳴られていました。母がその場を離れた後も、私は1人で泣いていました。周りには誰も居ないと思っていましたが、1人だけその様子を見ていた女性が居ました。彼女はそっと近づいて来て私の前にしゃがみ、私の両肩に手を置いて微笑みながら「だいじょうぶだよ」と言ってくれました。私は、今まで感じたことのないような温かさと優しさにふれ、多くの子どもが親にするように、その人にたくさん甘えてみたくなりました。家の中でどんなことが起きているのか、どんな苦しいことがあるのか、全て話して聞いてもらいたい気持ちになりました。

それは叶いませんでしたが、何年か経ち小学校にあがった頃、その女性がクリスチャンであったことが分かりました。これが私にとって初めてのクリスチャンとの出会いでした。

その後も、中学で児童相談所に保護されたり、親戚の家を転々としたりと、様々な出来事がありました。高校卒業後は実家から遠く離れた京都に引っ越しましたが、大学を卒業し、就職して2年が過ぎようとしていた頃、無理を重ねたこともあってか段々と体調を崩していきました。なぜか幼い頃の記憶がよみがえり、頻繁に悪夢を見るようになり、うなされて眠れない日々が続きました。

休養を経て段々と体調も回復していった頃、今お付き合いしている彼に出会いました。彼はいつも明るく、機嫌のいい人で、一緒にいると安心できました。ある時、彼がクリスチャンだと知り、私は幼い頃のあの女性のことを思い出しました。彼の優しさと温かさは、幼い頃つらかった私に声をかけてくれた女性に通ずるものがありました。また、彼と過ごしていく中で、彼が信じている神様とはどんな方なのだろう?という疑問も湧いてきたため、「私も教会に行ってみたい」と伝えました。

そして2017年12月、当時彼が通っていた京都教会のクリスマス礼拝に一緒に連れて行ってもらいました。皆さん喜んで迎えてくださっていることが伝わってきて、とても嬉しかったのを覚えています。

そんな温かさにまたふれたくなったこともあり、私も少しずつ教会に通い、キリスト教に関する本を読み、そして段々と神様に祈るようになりました。それは新鮮な日々でした。そんな日々の中で、時々耳にする「罪」というものについて考えました。考え続け、私の罪は、これまでの苦難を全て自分の力で乗り越えてきたと思い込んでいることにあるのではないかという考えに至りました。ここまで生きてこられたのは自分の選択が正しかったからだ、自分の力で乗り越えてきたからだ、そこには独りよがりな傲慢さのようなものが少なからずありました。同時に、ここまで生きて来られたこと、苦難を乗り越えさせてくださり、彼に引きあわせ、教会に導いてくださった神様への感謝の気持ちと信仰が生まれました。自分の人生に起こっていた奇跡とその計らいに、畏れの気持ちも抱きました。

これらに気づいたとき、私はバプテスマを受けることを決め、2019年2月17日、京都教会でその恵みに与かりました。

その後、京都教会で城倉牧師の息子さんに出会い、東京に引っ越したら泉教会に行ってみようと彼とも話していました。越して来てからいくつかの教会を訪れましたが、親しい人達がおられることもあり、この泉教会が一番安心できる場所に感じました。皆さん温かく明るく迎えてくださり、とても感謝しています。

何より、幼稚園でも働かせていただけることになったのは私にとって大変な驚きと喜びです。まさか自分が、事務という立場ではあるけれど子ども達と同じ屋根の下で過ごす仕事に就くとは思っていませんでした。私は、子ども達を見る時、接する時、ある意味で幼い頃の自分を生きなおしていると言えます。そして、自分と同じような辛い経験をする子がどうかいませんように、もしそんな子どもがいたら気づかせてくださいと神様に切に祈ります。どうか、子ども達の健やかさと笑顔が守られますように、そう願います。

仕事ではまだまだ戸惑うこともあり、必死になり視野が狭くなれば途端に神様がそばにいてくださることを忘れてしまいます。しかし…

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。(テサロニケの信徒への手紙一5:16)

彼の部屋に貼ってあった御言葉に日々立ち返りながら、私も「こんな時イエス様ならどうするか」と考えながら仕事をしていきたいです。

これから、もっと泉教会やいづみ幼稚園について知っていきたいと思っています。仲間に加えていただけたら嬉しいです。よろしくお願い致します。

2020年7月19日 N