2022/09/07今週の一言

以下の文章は幼稚園の「父母の会」礼拝での話に手を加えたものです。

「あるものは、百倍にもなった」(マルコによる福音書4章8節)。

今月の聖句はイエスの譬え話の一節です。譬え話の基本は、「AとBは似ている」という考え方です。英語parableの語源はギリシャ語パラボレー。「傍らに投げる」という意味です。ある事物とある事物を近くに並べて比べるということに譬え話の本質があります。イエスは多くの譬え話で、「神は〇〇のようだ」「神の国は△△と似ている」と教えました。

このような類比は子どもの育ちにとっても大切なものです。子どもは赤ん坊の時から周囲の大人の真似をして育ちます。似せようとしているのです。こうしてアメリカ人のような仕草をアメリカ人に育てられた人は身に着けます。

また、子どもは似ているものの集合に名前が付いていることを覚えます。「あ、ワンワンだ」と、知らない犬に対しても気づくことができることは、類比から帰納して「犬」というものを定義し、自分なりに類型化した「犬」概念から演繹して見知らぬ動物を「犬」と認知しているわけです。

さらに類比は、「AとBが似ていない/正反対である」という考え方にも発展していきます。対比です。

似ている/同じであるということ(人間の平等性:憲法14条の平等原則)と、異なる個性や意見があるということ(人間の多様性:憲法13条の幸福追求権)とを、同時に理解し重視すべきなのでしょう。「すべての人間は多様な側面を持つ神に似ている」(創世記1章)という事実に、いづみ幼稚園に連なる大人も子どもも気づき習得していくことを望みます。「人権」です。欧州キリスト教から生まれた人権思想が、逆にキリスト教界を鍛えています。教会が伝道している唯一の創造主が、人に「信じない自由」をも与えているという不思議に思いを馳せる必要があります。JK