3/25今週の一言

最近、「公職選挙法(選挙制度含む)の抜本改正を求める運動」にとりくんでいます。キリスト者としてこの課題にとりくむ意義を自分なりに申し述べます。

「選挙」に似たような出来事は使徒6:1-7に記されています。ギリシャ語を使う教会員からの苦情を受けて、ギリシャ語を使う教会員代表を選ぶという場面です。いわば「利益代表」の選出です。この際に重要な視点は、エルサレムにおいてはギリシャ語のみを話すユダヤ人が差別されていたということです。しかも上述の苦情は、「やもめ」という経済的弱者が食卓の際に差別待遇を受けるのは不当だという内容でした。教会という社会内部の不平等・不均衡を正すために、ギリシャ語話者たる教会員が自分たちの代表を送り込んだというわけです。

公職の選挙というものを考える一つの示唆がここにあります。日本の選挙の仕組みがもしも社会的弱者に偏ったという意味で不平等ならば、そこまで問題にしなくても良いでしょう。実態はその逆です。世界一高い供託金は財産のある者だけに立候補権を授けています。政党本部にならば可能となる企業献金の抜け道は、大企業の利益代表を数多く議会に送り込んでいます。その結果大企業の支持を受けた大政党の世襲議員が国会で強者のための法律を作っているのです。

この不平等性を小選挙区制が後押ししています。「決選投票無しの一人のみ当選」という制度は、大政党に圧倒的に有利だからです。膨大な死票は有権者の投票離れの原因ともなっています。「投じても無駄」と感じさせるからです。目を転じて比例代表制にも課題があります。現行法では政党でなくては立候補できないからです。無所属の人は相当不利な選挙区での選挙のみを強いられています。

「1票の格差」だけが投票価値の格差ではありません。2014年衆議院総選挙の1議席あたりの得票数を政党ごとに比較すると、たとえば社民党は1議席を獲得するために自民党の約5倍の得票が必要でした。政党間格差も問題です。加えて議院における男性支配の実情です。下院の女性比率は世界平均22.3%、アジア平均19.0%、そして日本は9.5%、190カ国中153位です。

多様な民意を反映する代表を送り出せていないのに、お金を理由に議員数を減らしてはいけません。「知恵に満ちた評判の良い人」(使6:3)を適正に選び出すために、「ファラオ(国会・行政機関・裁判所)との交渉」が必要です。JK