エズラ記とネヘミヤ記は、ユダヤ教徒の伝統においては一冊の書です。ヘブライ語原典には各書の終わりに、「この書の節の総数は○○節、単語の総数は○○単語」という注記(マソラ・フィナリス)が付けられます。エズラ記とネヘミヤ記は一括して注記がネヘミヤ記の終わりにのみ付けられています。二つの書を分けるということは、紀元後3世紀の聖書学者オリゲネスというキリスト教徒が創めた伝統です。この伝統が15世紀ごろからユダヤ教ヘブライ語正典に逆輸入され、エズラ記とネヘミヤ記を区分することがユダヤ教徒にも広く行き渡りました。
オリゲネスは両書を分割しましたが、どちらの書もギリシャ語で「エスドラス(エズラ記の意)」と呼びました。また、ギリシャ語訳旧約聖書には両書の前に、もう一つ「エスドラス」と呼ばれる文書が置かれました。その内容は、歴代誌下35-36章 + エズラ記1-10章 + ネヘミヤ記7章72節-8章13節前半 + 独自資料のギリシャ語敷衍訳です。ギリシャ語訳旧約聖書では、この文書を「エスドラスα」、エズラ記のギリシャ語訳を「エスドラスβ」、ネヘミヤ記のギリシャ語訳を「エスドラスγ」と呼びます。新共同訳聖書続編にある「エズラ記(ギリシャ語)」は、「エスドラスα」のことです。
4-5世紀に聖書のラテン語訳(ウルガタ訳)を果たしたヒエロニムスというキリスト教徒は、おそらくヘブライ語正典に敬意を払って、αβγの順番を変えました。彼は、エズラ記のラテン語訳を「第一エズラ」、ネヘミヤ記のラテン語訳を「第二エズラ」、そして「エスドラスα」のラテン語訳を「第三エズラ」として自らのラテン語訳聖書に収めました。さらにその当時流布されていた、エズラが見た終末についての幻を描く「第四エズラ」というラテン語文書も加えます。この第四エズラが新共同訳聖書続編の「エズラ記(ラテン語)」です。
両書の入り組んだ歴史と、「エスドラスα(第三エズラ)」という文書の存在は、「ネヘミヤ記7章72節-8章13節前半の内容は、エズラが主役のエズラ記に収められるべきではないか」という主張が古来なされていたことを示します。「ヨハネ7章53節-8章11節がルカ福音書から紛れ込んだ」という仮説にも似た事情です。文書間で一部分が脱落したり付加されたりする現象を「錯簡」と呼びます。巻物では起こりにくいのですが。JK