今回はビルハというアラム人女性。彼女の主人はラケルです。
ラケルの夫ヤコブはラケルの姉レアとも結婚しています。一夫多妻制です。レアが子宝に恵まれ四人の男児を授かっていた反面、ラケルは中々子どもを授かりませんでした(創世記29章31節-30章2節)。家父長制のもと男児を産まない女性は貶められていました。
苦しむラケルは自分の召使であるビルハを夫ヤコブに差し出します(30章3-4節)。ビルハに男児を生ませて、その子どもを自分の子どもとするというのです。このラケルの行動は、サラの行動とそっくりです。サラも自分の奴隷であるハガルを差し出して、その子どもを自分の子どもとしようとしました(16章)。ハガルとの比較がビルハを理解するときのヒントとなります。
ビルハの意思は何も記されていませんが、彼女は主人ラケルの願い通りに二人の男児を生みます(30章5-8節)。ビルハではなく、ラケルが子どもたちに名前を付けています。「ダン(裁きに由来)」、「ナフタリ(争いに由来)」という名前は、ラケルとレアの葛藤を背景にしています。彼女の主体性や幸せは無視されたままです。ハガルの場合と異なり(16章・21章)、主人との争いがないビルハにおいて、この沈黙は際立っています。ラケルに待望の男児ヨセフが与えられた後も、ラケルとビルハの間には目立った争いはなかったものと推測されます。それゆえにビルハとダンとナフタリは、ヤコブの家(後のイスラエル民族)を離脱しません。
主人ラケルの死後ビルハの人権を踏みにじる出来事が起こりました。レアの長男ルベンがビルハを強姦したのです(35章22節)。この不祥事は、やんわりと一夫多妻制や家父長制を批判しています。また後のルベン部族に対するダン部族・ナフタリ部族の居住地域の遠さを決定づける出来事となりました。ナフタリの地ナザレのマリアは、ナフタリの母ビルハと響き合っています。JK