10/9の聖書のいづみでは、フィリピの信徒への手紙2章28-30節を学びました。以下にギリシャ語の語順を意識した直訳風私訳を記します。
28 だから、(予定)より早く私は彼を送った。それは彼と再び会うのであなたたちが喜ぶためだった。私もまた苦痛が少なくなるためである。
29 だからあなたたちは主にあってすべての喜びでもって彼を歓迎せよ。そしてあなたたちは敬意をもってそのような人々を持て。
30 なぜなら、キリストの働きのために彼は死にまで近づいたのだから、その命を危険に晒しながら。それは、彼があなたたちの私に対する奉仕の欠けを満たすためだった。
前節からの続きエパフロディトについての言及です。
28節・30節でエパフロディトについて語る時にパウロは常に過去の時制(アオリスト)を用います。ギリシャ語文法のアオリスト時制は、過去の一回きりの動作を表現する時に用いられます。手紙の場合にはアオリストを現在時制のように訳すこともできますが、今回は過去時制として訳してみました。この翻訳の立場は、エパフロディトがフィリピの信徒への手紙を持ち運んだ人ではないという推定とも結びついています。この手紙を口述筆記し、共同執筆に名を連ね、手紙を教会まで届けたのはテモテのみであるという推測です(19-24節)。エパフロディトについては、テモテよりも先に教会に帰したのだと考えます。
フィリピの手紙は「喜びの書簡」と呼ばれます。実際に、名詞「喜び」(29節ほか4回)や動詞「喜ぶ」(28節ほか8回)の頻度は、他のパウロの手紙と比べても高いものです。その基盤は「主イエス・キリストが結びつけた交わり」です。主にあって喜ぶことが求められています(4章4節)。
エパフロディトが重病で死にかけたことと、30節の「キリストの働きのために彼(エパフロディト)は死に近づいた」が同じ出来事を指しているのでしょうか。おそらく重病に加えて、死の危険を冒してまでもパウロを経済的に支援したということを言いたいのでしょう。フィリピ教会からの支援金がパウロの生活を支えるためには若干不足していたので、エパフロディトは病をおして、キリスト者にとって迫害されるローマ市内で仕事を見つけて稼ぎ、そのお金をパウロに捧げたということが推測されます。
エパフロディトの仕える姿勢は、十字架の死に至るまで神に従順だったキリストを彷彿とさせるものでした(2章8節)。 JK