2020/01/08今週の一言

1月8日の朝日新聞朝刊に、「選挙市民審議会」について紹介する記事が掲載されました。国分高史編集委員のコラム「多事奏論」シリーズ、「魅惑のくじ引き議員 ただの初夢ではもったいない」というタイトルの記事です。

 記事の中では、選挙市民審議会が1月に発行する『選挙・政治制度改革に関する答申』のうち、抽選制議会の提案が特記されていました。審議会委員の一人である岡﨑晴輝九州大学教授の持論が、本答申に盛り込まれたのでした。

 「くじ引きで議員を選ぶなんて何と非現実的なんだ」と思われる向きもおられるでしょう。しかし、たとえば次のような考え方ではどうでしょうか。とある選挙の投票率が40%、棄権が60%だった場合に、議席の60%を抽選で選ぶというものです。つまり100議席が定員である場合、40議席は選挙結果によって配分されますが、60議席は有権者の中でくじに当たった人が議員となるということです。棄権した人は、立候補した人や政党に魅力を感じていません。その人たちの意思も汲んで「民意」を議会に反映させるならば、あながち間違えとは言えないでしょう。なぜなら、代議制民主主義/間接民主制においては、議会が社会の正確な縮図とならなくてはいけないからです。そうすれば世襲の政治家、男性年配者、健常者への偏りも是正されます。議会審議の「数の横暴」も抑制されるでしょう。

 くじ引きが非民主的だという考えは、いささか「選挙原理主義」に侵されています。選挙の歴史はたかだか200年。古代民主制の時代から市民革命期(!)に至るまで、選挙は「貴族制」(限られた人々による政治)の象徴だったからです。むしろ、選挙とくじ引きを組み合わせ補完させる方が、民主政治は成熟します。賛否の評価が分かれるにせよ、裁判員裁判制度(くじ引きで選ばれた市民も参加する裁判のしくみ)が、裁判官たちに対しては良い緊張をもたらしたのと似ています。

 記事を読み、いささか感慨にふけりました。というのも四年間にわたる選挙市民審議会の事務局を、泉教会も団体会員である「公正・平等な選挙改革にとりくむプロジェクト(とりプロ)」が担ってきたからです。抽選制だけではなく、現在の選挙のしくみや関連の政治制度改正提言を、毎月地道に有識者たちと積んできました。「とうとう大手報道に取り上げられる形を世に問うことができた」と、胸がいっぱいになりました。

民主政治制度のあるべき姿に、唯一絶対の解はありません。しかし、その時代・その場所での「より良い組み合わせ」はあります。それらを常に求め続けるのです。わたしたちが常にバプテスト教会に成り続けようとする姿勢と通じます。JK