2020/08/12今週の一言

東京8.15平和集会基調報告

毎年の8.15集会が大切にしてきたこと(意義)を、いわゆる「コロナ禍」と呼ばれる状況の中で問い直し、深め広げることが私に与えられた課題です。

8.15集会は、敗戦記念日に設定されていることから、「平和」ということに思いをいたす集会です。それも「武力によらない平和」というところに力点があります。だから平和憲法を活かすという学びを続けてきました。私自身もそうですが、集会出席者の多くは「憲法9条は個別的自衛権も放棄している」という立場を保っていると思います。毎年の当集会は、武力によらない平和を基点にして、今の改憲の動き、自衛隊、在日米軍基地、日米安保条約、日米地位協定、原子力行政、東北アジアの外交政策を批判してきました。

コロナ禍となる前、実行委員会は東京オリンピックに焦点をあて、経済が軍事・外交を支配していることを炙りだそうとしました。国を超えたお金儲け集団のために、国の政策も左右されています。戦争が経済を必要としているのではなく、経済が戦争(特に小国間の「紛争」や、大国から「武装勢力」への一方的暴力)を必要としています。「経済力による戦争」です。

スポーツも国家主義(為政者の求心力を高めること)に利用され、その国家主義すらも、オリンピックのスポンサーになれるような大企業のために利用されています。結局のところ、拝金主義・経済至上主義・商業主義を思想的に批判しなくてはいけない。一人ひとりに多様な幸せを配るシステムを再構築しなくては、一色に煽られ「政府による戦争という惨禍」を繰り返すのだから。実行委員会は、そのように考え東京オリンピック批判を軸に企画をしていました。

ご案内のように、コロナ禍が起こり、選挙を睨んだ政治的駆け引きのもとオリンピックは「一年延期」となりました。オリンピックを焦点・軸と考えていたところの梯子が外された感がありましたが、逆に興味深い事態が起こったとも思います。この間政府や自治体が行ってきた個々の政策批判というよりは全体を巨視的に見て、このコロナ禍を「武力によらない平和の再構築」という構想を鍛える出来事としたいと考えます。

新型コロナウイルス感染に対して軍隊は何も役立たないものだったということをまず指摘しておきます。軍事力によって病気は予防もできなければ治癒もできません。パンデミックは戦争を止めました。戦争がない状態を平和というのならば、「パンデミックによる平和」とでも言うべき状態が生まれました。このことは、私たちに資源と労力とお金の無駄づかいをやめるように、そして共通の課題に協力するようにと促しています。そうすれば戦争はやみます。国境もウイルスは人知れず超えました。国境は逆に邪魔となることさえありました。

この事態にヒントを得て、次のように構想・夢想します。世界保健機構や国連人権委員会を中核に据えて、世界政府・地球連邦を組織するのです。現在の国連のように五大国が優遇されるものでもなく、EUのように複雑な組織も取らない。単純に共通の税制度・健康保険制度・年金制度を敷いて、食べ物と薬やワクチンを優先的に貧しい人びとに配分するための連邦です。タックスヘイブンのような悪質な脱税を認めないためには世界全体で共通の公正な税制が必要です。そして集めた税を原資に世界中の海のゴミをみんなで拾う仕事をするべきでしょう。(続く) JK