2021/07/21今週の一言

士師記に収められている物語は、聖書の中で最も古い伝承に属します。それはイスラエル王国成立(前1000年ごろ)以前の十二部族社会に関する諸証言です。特に北の十部族の伝承は貴重です。それらの各部族伝来の伝承は文書化され北イスラエル王国の宮廷に保存されていたことでしょう。中にはベニヤミン部族のサウル王朝に関する好意的な物語も保存されていたかもしれません。そして士師記の原型は、北王国の滅亡後(前722年)、北から南ユダ王国に亡命した知識人たちによってホセア書と共に南王国に持ち込まれたのです。

その後、士師記の原型は、サムエル記・列王記やヨシュア記と合体され、南王国再建プログラムという視点で編纂されました。「そのころイスラエルには王がなく、それぞれが自分の目に正しいとすることを行っていた」(17章6節、21章25節)という記述は、ダビデ王朝の王が士師たちよりも正しい判断をするという前提で書かれた編纂者の言葉です。実際には王がいない状態の部族社会の方が、正しい判断をする可能性があります。人間の王を戴くことは神の支配を退けることとも言われているからです(サムエル記上8章7節)。一部族の特定の家族による世襲支配よりも、十二部族が随時指導性を発揮する士師たちの統治の方が民主的でさえあります。

 「士師(ショーフェート)」は裁判官という意味です。そもそもの士師は各部族土着の裁判官です。「小士師」と分類される、特段の逸話のない士師たちこそ本来の士師のありようを伝えています(10章1-5節等)。王権支配ではなく、土地の名士の裁判による統治がイスラエルの古くからの伝統であることが分かります。その一方で士師は軍事指導者としても描かれています。「大士師」と分類されるギデオンやエフタは外国からの侵略を防ぐための救助者です。ただし部族ごとに編成される軍はすべて募兵制。外敵が来るとイスラエルの農民は鋤を打ち直して剣とし志願兵となったのでした。常備軍は王権と共に登場します。デボラとバラクの物語は小士師と大士師の連携という珍しい形であり、小士師が主導しています(4-5章)。

 各部族にはかなりの自治権があります。任意に協力をしたり距離を置いたり、時に軍事衝突すらありました(17-21章)。こうして見ると「統一イスラエル王国」という状態の方が稀有な現象であり、ばらばらであることの方がイスラエルの伝統と言えます。バプテストにとって示唆的です。JK