2022/04/27今週の一言

わたしの生まれ育った東京都昭島市は、昭和町と拝島村という二つの自治体が合併してできた市でした。昭島の「昭」の字は昭和町から、「島」の字は拝島村からとったとのことです。市制記念日は5月1日です。

子どもの頃、4月29日は当時の天皇裕仁の誕生日という(「天皇誕生日」)国民の休日でした。5月3日は憲法記念日、5月5日は子どもの日という休日です。それに加えて昭島市立の小中学校は5月1日も休日でした。現在は「国民の休日」と「国民の休日」の間の日は「国民の休日」とすると法定されたので5月4日もお休みですが、当時そのような措置はなされていません。週休五日制(土日休み)も確立していませんでした。学校も土曜半ドンです。今ほどは連続長期休暇になりにくく、「飛び石連休」という言い方があったと記憶しています。

昭島市立の小中学校の子どもは、他の地域よりも飛び石連休を満喫できる環境に置かれていました。4月29日・5月1日・5月3日・5月5日という四つの休日が必ず訪れるからです。ただし、市制記念日が日曜日に当たっても5月2日の月曜日は決して振替休日にならなかったのが、子どもながらに残念でしたが。

亡くなった天皇の誕生日がそのまま国民の休日として存置されたのは明治天皇(11月3日)と、昭和天皇(4月29日)の二例だけです。明治天皇誕生日の場合、「明治節」という名称から「文化の日」と変えて、かつてのファシズム軍国主義時代を思い出させない技巧をこらした上で存置しました。昭和天皇誕生日の場合も当初、「みどりの日」と改称し、存置しました。同趣旨の工夫と、「長期休暇を住民に取らせて消費を活性化させよう」という経済政策的誘導があったと思います。それを「昭和の日」という名称に再改称した理由は、「古き良き時代」としての「昭和」を回顧・復古しようという政治的思惑からでしょう。普段から長期有給休暇を気軽に取得できるならば、国民の休日は不要なのですが。JK