今回はアビガイル、ユダ部族の女性です。サムエル記上25章に登場します。
アビガイルはナバルという裕福な男性と結婚していました。ナバルという名前は「愚か者」という意味です。親が子どもにこのような名前を付けるはずもありませんし、自分で名乗ることもないでしょう。つまりこの名前は、後の人が彼を嘲笑うためにつけた名前です。歴史は常に勝った者が書き残した文献です。サムエル記はダビデ王朝の正統性を訴えるために書かれました。おそらくは勝者ダビデが、敗者アビガイルの夫をナバルと名付けたのです。
ダビデがサウル王朝に叛き私兵を引き連れてパランの荒野に居た頃、彼はナバルに無理難題を突き付けました。ダビデ軍六百人の糧食を供出せよというのです。ナバルは当然に断ります。この返事に、ダビデは四百人の兵を連れて武力によってナバルの財産を略奪しようとします。飢えている兵はとりわけ狂暴です。
アビガイルは「洞察が良く、かつ外観が美しかった」と言われています(3節私訳)。彼女は機転を利かせて、いくばくかの糧食を贈り、勇気をもってダビデに直訴して必死にナバル家に対する略奪・虐殺・強姦を食い止めます。
聖書には記されていませんが、おそらくここでダビデはアビガイルを脅迫しています。「夫ナバルの死と兵の十分な糧食の提供とあなたを私の妻とすることを条件に、使用人を含めてナバル家を滅ぼし尽くすことはしない」とダビデは彼女に持ち掛けたのでしょう。アビガイルにとってどちらも嫌な選択肢です。
十日後ナバルは謎の死を遂げ、アビガイルはダビデの妻となります。一夫多妻制のもと彼女は妻の中の二番手という地位に甘んじます(43-44節)。ダビデ兵の武力で脅されたナバル家の存続のために犠牲となった個人アビガイル。ダビデ王朝はこのような不正義の上に成り立っています。ちなみにアビガイルとその息子キルアブは、その後の血なまぐさいダビデの王位継承争いに一切関わりません。JK