今回はナイン(「快い」の意。ナオミと同根)という町に住んでいた女性です(ルカによる福音書7章11-17節)。ナインはイエスの出身地ナザレから南東10kmほどに位置する、ガリラヤ地方の町です。交通の要衝として栄えていたそうです。
名前の知られていないナイン在住の一女性は夫に先立たれ、女手一つで一人息子を育てていました。やもめです。父権制社会において、やもめとなることは極度の貧しい生活をすることと、ほぼ同義です(ルツ記参照)。唯一の希望は息子でした。ところが、病気か事故かで、彼女の息子は死んでしまいました。現に直面している悲しみだけではなく、将来の不安という絶望にも打ちひしがれて、彼女は嘆き悲しみながら葬儀を近隣の者たちと執り行います。
愛息の遺体を布にくるみ、それを担架に乗せ、参列者たちはその簡易な「棺」を担ぎました。彼女は布にくるまったわが子から手を離そうとしません。布をしっかりと握りしめ、涙はとめどなく流れ落ちます。
町の外に共同墓地があります。彼女を先頭にした遺体を運ぶ人々と、その後ろに付き従う人々が長蛇の列をなして町の門を出ようとした時、一人の男性がその列に近づきます。見ると、その人もはらはらと涙をこぼしています。「今泣いているあなたは幸いだ。だからもう泣くな」と彼は語り、彼女と共に布に触り、列は止まりました。「若者よ、わたしはあなたに言う。あなたは起こされよ。」と、見知らぬ男性が言うと、驚くべきことに、たちまち担架に横たわっていた遺体が目覚めます。神によって起こされたのです。「そして彼は彼を彼の母に与えた」(15節直訳)。命の授け手である神に感謝し、彼女は快心の笑顔を見せました。
十字架で殺され神に起こされたイエスは、エルサレムだけでなくガリラヤでも見られました。キリストはナインの母・息子とも出会ったかもしれません。いや復活者を見なくても、彼女は自宅で教会を始めたのではないでしょうか。JK