2025/10/22今週の一言

今回はヤッファという町に住んでいたシモンという男性弟子です。彼の職業は皮なめしです(使徒言行録9章43節、同10章6・32節)。ヤッファ(口語訳「ヨッパ」、ヘブル語原音「ヤフォ」)は、現在のテルアビブ=ヤフォ市の一部にあたり、旧約聖書の時代から栄えていた港町です。この町にキリスト教会を創始したのは使徒フィリポだったと推測されます。彼は、アゾトという町から海岸沿いのすべての町々を通ってカイサリアに移住しているからです(8章40節)。ヤッファの教会はフィリポ系列の、ギリシャ語を用いる信徒も含む群れづくりをしています。

シモンはタビタと呼ばれる女性に誘われて求道生活を始めたのかもしれません。彼女は職業によって人を選別するようなことをしない人格者でした。動物の死体に触れるため皮なめし職人は宗教的に汚れていると差別されていたのでした(レビ記11章)。ラビ文献にも「皮なめしの家の隣に住む者は不幸である」「もし男が結婚前に皮なめしであることを隠していたなら、妻は離婚を請求してよい」との規定があります。シモンはヤッファの海岸に「隔離」されていたのです。

タビタの死はシモンを嘆かせます。彼とその教友は藁をもすがる気持ちで使徒シモン・ペトロを近隣の町リダから呼び、彼女の蘇生を懇願しました。そして神はペトロを通してタビタをよみがえらせたのです。

皮なめし職人は使徒に自宅への滞在を申し出ます。「人権理解を問う試験」です。ペトロは自己の持つ差別意識から一瞬ひるみましたが、徴税人ザアカイの家に宿泊した師イエスの姿を思い出し、応諾して、試験に合格します。

何日かするとシモンの家に三人のローマ人が訪れました。試験に合格したペトロは、非ユダヤ人たちを侮蔑・忌避することなく、家主シモンと共に彼らを歓待し、カイサリアへの旅に同行することとなります(10章23節)。皮なめし職人は自らの人権教育の成果に満足しました。神が清いと言っているのです。JK