創世記という文書は、二つの部分に大別されます。1-11章と12章-50章です。前者を「原初の物語」、後者を「族長(始祖)の物語」と呼び慣わします。前者はすべての人にあてはまる普遍的な物語であり、後者はアブラハム・サラ夫妻という一つの家族に絞られた物語です。
「族長(始祖)の物語」は親子四代の物語です。アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフです。ただしイサクが主人公の物語は26章だけに限られています。またヤコブは49章まで、それなりに重要な役割を担っています。これらの事情を考え合わせると、族長物語はアブラハムとヤコブの二人が主人公の物語群です。アブラハム物語に、妻のサラ・ハガルら、甥のロト家族、息子夫妻イサク・リベカの物語が連なります。また、ヤコブの物語に、双子の兄エサウ、伯父のラバン、妻のレア・ラケル・ジルパ・ビルハ、子どものヨセフ・ユダ・ディナらの物語が連なります。25章は、二つの物語群が交錯し、二人の主人公の交代を示す画期となります。
ヤコブ物語の重要性は、その内容がイスラエルの歴史と重なり合っているという点にあります。ヤコブが「イスラエル」と改名させられることに、それは端的に象徴されています(創世記32章29節)。ヤコブの十二人の息子が、イスラエルの十二部族の開祖とされます。
ヤコブの四人の妻のうち、レアとラケルはヤコブの従姉妹であり、ビルハとジルパよりも格上です。そのために、レアの六人の息子(特に最初の四人であるルベン、シメオン、レビ、ユダ)と、ラケルの二人の息子(ヨセフ、ベニヤミン)は、ヤコブ物語の中の重要人物です。またレアとラケルは競合する関係にもあります。
イスラエルの最初の王サウルは、ラケルの子孫ベニヤミン部族出身です。サウル王朝を倒したダビデ王は、レアの子孫ユダ部族の出身です。ダビデ王の二代後に、イスラエル王国は南北に分裂します。南王国の中心はユダ部族、北王国の中心はエフライム部族です。エフライムはラケルの子ヨセフの子孫です。ヨセフだけはその二人の息子の名前を冠することが許されました。彼は二倍の嗣業を得たのです。
南北の競合関係は、レアとラケルの人間関係を反映しています。また、37-50章におけるヨセフとユダの重要性は、南北の中心となる部族がどこであるかを予告しています。ヤコブの最愛の妻ラケルの血統で言えば、ヨセフが長男です。レアの血統で言えば、長男ルベン・次男シメオン・三男レビの不祥事によって、四男のユダが実質的な長男になっています。
ヤコブ物語を聖書全体の連関の中で読み解いていきましょう。JK