英国の国王の「国葬」と、日本国の元総理大臣の「国葬」とが、しばしば対比されています。少しずれた比較かなと思います。
二つの国は共に「立憲君主制」を採っています。憲法によって君主の政治的権限を制約するという統治制度です。英国は民主政治制度を創始し、二つの革命によってそれを鍛え上げ、長い時間かけ熟成させました。「王は君臨すれども統治せず」という伝統です。明治政府も英国や独国を模範に立憲君主制を採りました。英国には明文の憲法はありません。日本国は独国を参考にして、1989年に明文化した憲法を制定し、敗戦を機に1947年全面改定しました。この過程で、天皇の政治的権能を奪ったのです。そして米国の影響を受けた政教分離原則が憲法に明記されることとなりました。その趣旨は国家神道の復古を許さないというものです。
エリザベス2世の国葬と、類比されるべきは諸天皇の「大喪の礼」でしょう。大日本帝国憲法下の二例と、日本国憲法下の二例です。「国の象徴」(憲法1条)という公務員である天皇の葬儀について、皇室典範25条は「天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う。」とのみ規定し、内容について明記していません。どこまで天皇家の宗教である神道形式が許容されるのかが、憲法的に問題だからです。
英国王室の宗教は「英国国教会」です。明文憲法がないという事情もあり、政教分離原則について英国は米国よりも緩いものです。ちなみに最も厳格な政教分離原則を敷いているのは仏国です。そして英国王室と英国国教会の関係は今も緊密です。立憲君主制と政教分離原則は嚙み合わせが悪いのです。こうして国王の死去に際して国葬をキリスト教式で行うことは英国においてあまり問題になりません。
鉄の女と評された名首相マーガレット・サッチャーさんの死去に際して英国は「国葬」ではなく一段落とした形式の「儀礼葬」というものをキリスト教形式で行いました。この事例が安倍晋三元首相の「国葬」とのより良い類比例です。JK