2024/02/21今週の一言

今回はダビデです。紀元前1000年ごろの南のユダ部族出身の男性です。

 ダビデの曾祖母はモアブ人のルツ(ルツ記4章)。彼はベツレヘムに住む羊飼いエッサイの八番目の息子です(サム上16章)。ユダ部族は最もカナン人に近い習俗を持っていたと言われます。北のベニヤミン部族出身サウル王は、ダビデの用兵の才能を見出し将軍にまで抜擢します。野心家のダビデは王座を狙うようになり、その結果サウル王から粛清されかけます(同18章以下)。この時ダビデは、イスラエル人らしからぬ行動を取ります。無割礼であり敵であるペリシテ人の部下となるのです(同27章)。サウルよりもダビデは現実主義者・実用主義者です。

 サウル王がペリシテ軍に殺された後、ダビデは南の「王」を名乗ります。謀略で北王朝を制した後は、エブス人の都市国家を私兵で陥れてエルサレムと命名し、南北統一王国の首都としカナン人を多く登用します。「遅れた」部族連合体から、「進んだ」行政組織と常備軍を持つ国に改変するために、カナン人が必要だったからです。そして首都に「ヤハウェの箱」を安置し、自らの王朝に宗教的な権威付けもし、権力の絶頂を極めたのでした。忠実な部下であるウリヤとバト・シェバ夫妻への非道は、ダビデの驕りと権力の濫用を示す逸話です(サム下11章)。

 晩年のダビデは不幸な父親です(同13章以下)。息子アムノンによる娘タマルへの性暴力。息子アブサロムによるアムノンの殺害、アブサロムの自らに対する反乱と横死、息子アドニヤとソロモンの王位継承争い。息子たちの剥き出しの暴力に対して、父ダビデは何も指導性を発揮できないまま死んでいきます(王上2章)。

イエスは「ダビデの子」という称号を拒否しました。むべなるかな。JK