アモリ人の地 民数記21章21-35 節 2024年11月17日礼拝説教

はじめに

 これまでにも「アモリ人」(21節他)は登場していましたが深掘りはしてきませんでした(13章29節)。改めてアモリ人とはどのような人を指すのかを確認し、本日の箇所を読み解いていきます。聖書外の考古学の発掘資料によっても、アモリ人/アムル人についてははっきりと全貌を掴めていません。

 基本的に聖書はアモリ人を、「過去にいた人々≒著者が書いている時点では存在しない人々」として描いています(アモス書2章9節等)。いわば伝説上の人々です。そしてアモリ人はカナン人とほぼ同じ意味。「詳しくは知らない先住民」という意味で、アモリ人は言及されています。「日本人」と「縄文人」の関係に似ています。地理的には北方の山間部に住んでいると考えられています。巻末の聖書地図「2 出エジプトの道」の右上隅の「モアブ」の北に、本日登場する「ヘシュボン」「メデバ」「ディボン」(31節)という地名が記載されています。「本来はもっと北方に住んでいたけれどもこの地域にも当時住んでいたアモリ人を、イスラエルは軍事的に追い払い占領した。後にガド部族・ルベン部族・マナセ部族にこの土地が与えられる」という言い伝えが、本日の物語の筋です。巻末の聖書地図「3 カナンへの定住」にガド部族・ルベン部族・マナセ(半)部族の割り当ての土地が記されています。

本日の物語は、ヨシュア記におなじみの「約束の地」の軍事占領物語です。アモリ人≒カナン人なのですから。しかし、異なる点があります。ヨルダン川東岸地域は、もともとの「約束の地」ではないということです。東岸地域はヨルダン川を渡りたくないと我がままを言った三つの部族に対して、妥協として与えられた土地です(32章)。1948年のイスラエル建国以来熾烈になった「パレスチナ問題」(暴力的入植)に長年直面している私たちは本日の箇所をどのように理解し、どのような福音を聞き取るべきでしょうか。

21 そしてイスラエルはアモリ人の王シホンに向かって使者たちを遣わした。曰く、 22 貴男の地の中を私たちは渡りたい。私たちは畑の中や果樹園の中に(足を)伸ばさない。私たちは井戸の水(を)飲まない。その王の道の中を行きたい。貴男の領土(を)私たちが渡るまで。 23 そしてシホンはイスラエルに彼の領土の中を渡ることを与えなかった。そしてシホンは彼の民の全てを集めた。そして彼はイスラエルに会うためにその荒野へ出た。そして彼はヤハツへ来た。そして彼はイスラエルと戦った。 24 そしてイスラエルは剣の口によって彼を打った。そして彼はアルノン(川)からヤボク(川)まで、アンモンの息子たちまで、彼の地を占領した。なぜならアンモンの息子たちの境界が強かったから(だ)。 25 そしてイスラエルはこれらの町々の全てを取った。そしてイスラエルは、ヘシュボンにおけるアモリ人の町々の全ての中に、また彼女の娘たちの全ての中に住んだ。 26 なぜならヘシュボンはアモリ人の王シホンの町だからだ。そして彼、彼は前のモアブの王と(かつて)戦った。そして彼は彼の手から彼の地の全てをアルノンまで取っ(てい)た。

 地名がたくさん出ていますので、岩波訳聖書「律法」の巻末にある「地図5」を助けとしてください。21-22節の「アモリ人の王シホン」に対する申出は、エドム王国に対する申出とそっくりです(20章17節)。そして結論も同じです。シホンはイスラエルの申出を拒否します。その後が異なります。イスラエルの双子の兄エサウの子孫とイスラエルは戦いません。しかし相手がアモリ人の王である時に、イスラエルは戦闘に至ります。アモリ人に対しては親戚意識がなく、差別意識があり、それが戦争の根っこにあります。「アンモンの息子たち」もまた、ロトの子孫ですから親戚です(24節)。エサウの子孫たちと同様に戦争に至りません。南北で言えばアルノン川からヤボク川の間で、東西で言えばヨルダン川・死海からアンモン王国の境界までがイスラエルの侵略占領地です。

自衛戦争という言い訳は成り立ちません。原文ではアモリ人の先制攻撃とまでは言えません(23節)。むしろシホンの方が自衛戦争を主張できる状況です。親戚でもないのに通過させよとイスラエルが無理強いするからです。ヘブル語「戦った」(23節)という動詞は、常に受身/相互行為の談話態で表現されますが、ここは受身ではなく相互行為と考えるべきでしょう。

かつてヘシュボンはモアブ王国の領土だったようです。それをアモリ人のシホン王が侵略占領したという経緯があると26節は語っています。もしモアブのために占領したとすればモアブに返すべきですが、「イスラエルはヘシュボンにおけるアモリ人の町々の全ての中に、また彼女の娘たちの全ての中に住んだ」のです(25節)。この言葉は、イスラエル(の一部)が、アモリ人たちと婚姻関係を結んで、そのまま土着化したことを示唆します。神は「約束の地」の外に定住することをこの時点で認めていないのにもかかわらず勝手に入植したのです。ヤハツの戦いでシホン王は殺されますが、首都ヘシュボンの衛星都市群にはそのままアモリ人が住み続けているようです(聖絶記事無し)。 

27 それだから格言を語る者たちは言う。貴男らはヘシュボン(に)来い。彼女が建てるように。そしてシホンの町が立てるように。 28 なぜならヘシュボンから火が出るからだ。炎がシホンの町から、モアブのアル(を)食べた。アルノンのバアルたちの諸々の高台(を)。 29 災い、貴男に、モアブ。貴男は滅んだ、ケモシュの民。彼は彼の息子たち(を)難民(として)与えた。そして彼の娘たち(を)アモリ人の王シホンに属する捕虜の中に(彼は与えた)。 30 そして私たちは彼らを射た。彼は滅んだ。ヘシュボン(から)ディボンまで。そして私たちは荒廃させた。メデバまで至るノファまで。 31 そしてイスラエルはそのアモリ人の地の中に住んだ。 

 27-29節の叙事詩は26節のかつての戦争(アモリ人シホン王対モアブ人の町ヘシュボン)についての、シホンの戦勝歌です。実はこの詩は、エレミヤ書48章45-46節と同じ詩です。民数記版にだけある言葉に強調があります。それは「バアルたちの諸々の高台(バモト)」(28節)です。この一言は、シホンを評価する一文です。バモト(新共同訳「聖なる高台」)は、バアル宗教の礼拝施設です。その礼拝施設を破壊するかしないかで、後の王たちは評価をされます(王下12章4節、同23章8節等)。シホンは後の「良い王」の先例となっています。それだからヘシュボンのアモリ人とイスラエルは一体化して良いということを言いたいのだと思います。30節「私たち」は、高台を壊しアモリ人を継承したイスラエルの人々のことでしょう。 

32 そしてモーセはヤゼルを歩くために遣わした。そして彼らは彼女の村々の中で掴まえた。そして彼はそこにいるアモリ人たちを追い出した。 33そして彼らは向きを変えた。そして彼らはそのバシャンの道(を)上った。そしてそのバシャンの王オグは彼らに会うために出た。彼と彼の民の全てはその戦いのためにエドレイ(に)。 34 そしてヤハウェはモーセに向かって言った。貴男は彼を恐れるな。なぜなら貴男の手の中に彼を、また彼の民の全てを、また彼の地を、私は与えたからだ。そして貴男は彼に為す。ヘシュボンの中に住み続けているそのアモリ人たちの王シホンに貴男が為したことと同様に。 35そして彼らは彼を、また彼の息子たちを、また彼の民の全てを打った。彼が彼のために生存者を誰も残さないまで。そして彼らは彼の地を占領した。

ヤゼル」(32節)はヘシュボンより少し北の町です。ヘシュボンと異なり、ヤゼルの町からアモリ人たちは追放されています。ナクバ後のパレスチナ人のように難民化させられます。「バシャン」(33節)はヤゼルよりもかなり北方、ガリラヤ湖の東側にある町です。「彼らは向きを変えた」(33節)とあるように、元来はそこまで北に回り道する予定はなかったと思います。おそらくはマナセ部族が暴走したのでしょう。「バシャンの王オグ」(33節)と、彼の息子たちと(つまり王朝)、彼の民の全ては徹底的に虐殺されます。神の命令による聖絶です(34-35節)。これもヘシュボンと異なります。シホン王だけが殺され、今もってアモリ人たちはヘシュボンに住み続けているのですが、それとは対照的にバシャンの王オグだけではなく全住民が殺されます。明らかに南から北へと移動する時に、徐々に暴力の度合いが強まっています。エドムは迂回、モアブは通過、アンモンは不可侵、ヘシュボンは王殺害、ヤゼルは住民追放、バシャンは聖絶です。

神の民イスラエルの暴走を止めるためには、イスラエルは常に未達の旅を続けるべきだったのだと思います。「地上では旅人」、あらゆる土地に定住しない、常に手を伸ばして目標を目指して走る、この構えです。現代にも共通します。民の在り方は反面教師です。民は最初の約束に忠実であるべきで、勝手に定住してはいけなかったのです。土地を得た時、土地に縛られます。

民の神ヤハウェの行動はどうでしょうか。神はイスラエルの約束の不履行を咎めていません。「定住するな、向きを変えるな、約束通りにただ約束の地に入れ」と禁止せずに、かえって神は民の我がままに上乗せして、マナセ部族の暴走のお先棒を担いで、「バシャンを聖絶せよ」とまで言っています。そして最終的に神は、アモリ人と共存し土着化していくルベン部族・ガド部族、バシャンまで勝手に入植するマナセ部族の蛮行を追認して、「あなたたちはヨルダン川を渡らなくて良い」と不公平なお墨付きを渡してしまいます。

ここに民の間違えにも付き合う神をみます。神は民と同じ目線で、混乱しています。今までも愚痴る民と同じレベルで罵り合い、怒りのままに己の民でさえ殺す神の姿が民数記に書かれていました。神にアンガーマネジメントが必要なようにも読めます。神の言動は批判に価します。ただ神の場合、神を反面教師とみなすというだけでは済まされません。それは福音ではないからです。

子どもから進路希望を告げられた親の気持ちはどうでしょうか。親子で意見が異なる場合、自分の経験から「それは良くない。こちらにしなさい」とねじ伏せるでしょうか。感情的に乱高下し、対等に右往左往し自分の意見は告げながらも、「あなたがしたい道をしなさい」と言うと思います。そして「予測通りの失敗」をしたとしても、「ほれ見たことか」とは言わず固有の挫折にも付き合っていくのではないでしょうか。子どもの自立と納得のために。

今日の小さな生き方の提案

 「自分はすでに救われた、高みに到達した」と勝手に判断せず、地上では常に旅人であるという謙虚さと向上心をもって、下へ上ってまいりましょう。謙虚さを失う時に暴走が始まります。わたしたちの暴走を神は強制的に止める方ではありません。むしろ、聖書の神はご自身自由であるし、民に間違える自由・裏切る自由も保障し、同じ目線で共に混乱される方です。間違えて滅びる民とも一緒に滅びる方が十字架のイエス・キリストです。インマヌエルの神の前で、私たちは大胆に生きることができます。