今回はヤエル(山羊の意)という女性です(士師記4-5章)。ヤエルはカイン人(士4章11節)/ケニ人(同1章16節)のヘベルという男性と結婚していました。カイン人/ケニ人とは、モーセの義父であるミディアン人エトロ/レウエルの子孫です(民数記10章29-32節)。モーセの妻ツィポラの兄弟ホバブの一族郎党は、イスラエルの人々と共に「約束の地」に入り、定住していたのでした。ヤエル自身もカイン人/ケニ人、「出エジプトの民の末裔」だったのだと思います。
ヤエルは夫ヘベルと共に天幕で移動生活を行う遊牧民です。「山羊」という意味の彼女の名前も、遊牧民という背景と関係しています。夫婦が家畜と共にエロン・ベツァアナニムというナフタリ部族の土地に居る時に、その地で戦争が起こりました(「デボラ戦役」)。圧倒的に軍事的優位に立つカナン人の20年にわたる軍事占領に対して、ナフタリ・ゼブルン・イサカル・エフライム・ベニヤミンの5部族が連合して蜂起し、奇跡的に勝利したという戦争です。指揮をしたのは、エフライム部族の士師(裁判官)デボラと、ナフタリ部族の士師(将軍)バラクです。
900両の鉄製戦車隊を指揮しながらも敗れた、カナン人の将軍シセラは命からがら逃げます。彼は自分の君主と、ヘベルが親しかったことを思い出し、ヤエルの住む天幕に転がり込みました。シセラはヤエルに「追撃するイスラエル軍に見つからないように自分を匿ってほしい」と頼みました。
ヤエルは匿うふりをして彼を殺します。疲労のあまり熟睡するシセラのこめかみに杭(テント用のペグ)を打ち込み死に至らしめたのです。そして彼女は士師バラクにシセラの遺体を引き渡しました。遊牧民ヤエルにとって、カナン人のイスラエルに対する暴力を見ることは耐えられないものだったのでしょう。
日本国憲法には「抵抗権」(抑圧的政府を武力で転覆させる権利)は明記されていません。ヤエルの行為をどのように評したら良いのでしょうか。JK