1月16日はエレミヤ書42章7-17節を学びました。
新バビロニア帝国による決定的な破局は、ユダヤ人社会に大きな混乱をもたらしました(39章・52章)。400年以上続いたダビデ王朝が断絶しました。人々の尊崇の的であったソロモンの神殿が根こそぎ破壊されました。支配階級と職人たちが強制連行されました。そして多くの飢えた人々、病み傷んだ人々、家族を失った人々が残されました。インフラも整備されず、治安も維持できない状況の焼け野原に放り出されたのです。アフガニスタンやイラクの現状に似ています。
バビロン進駐軍総司令官ネブザルアダンは預言者エレミヤを軟禁状態から解放し、ゲダルヤというユダヤ人を総督として任命しました(40章)。ところが、ゲダルヤはイシュマエルという人に暗殺され、さらにヨハナンという軍人がイシュマエルを放逐するといった具合に、クーデターが繰り返されます。指導者ヨハナンは、ゲダルヤ暗殺に対するバビロン軍の報復を恐れ、大人数によるエジプトへの亡命を計画します。エジプトには戦争と飢餓がないと思えたからです(41章)。
このヨハナンの亡命計画に対してエレミヤは批判をします。「ユダの地にとどまるべきだ。神はわたしたちを救うために共におられるのだ。エジプトに行けば、戦争と飢餓で全滅するだろう。」いつものように世論の大多数と逆のことを言うエレミヤの面目躍如です(42章)。
ヨハナンやユダの人々はこの預言者の言葉を聞き入れませんでした。そして意外なことに、エレミヤをおそらく強引に連れて、一緒にエジプトへ亡命していったのでした。かの地でエレミヤは暗殺されたとも、天寿をまっとうしたとも言われます。神の民と運命を共にすること、これも預言者の宿命です(43章)。
エレミヤの長い預言者としての人生は常に少数者として生きる歩みでした。王や民の大多数とも異なる政治的発言を繰り返したからです。かつて少数意見だったエレミヤの預言が今や的中したことによって、エレミヤ書は聖書編纂方針の基準となっていきます。申命記的歴史家たちがアッシリア捕囚を神の裁きと理解したように、バビロン捕囚を神の裁きと捉える歴史認識が正統とされます。(JK)