2014年5月23日
大飯原発3、4号機運転差止訴訟福井地裁判決の意義と全国弁護団連絡会としての今後の行動提起
共同代表 河合 弘之 同 海渡 雄一
第1 経緯
福井地裁は、5月21日、関西電力に対し、大飯原発3、4号機の運転差止めを命じる判決を言い渡した。
この判決は、福島第一原発事故後の正式訴訟の判決としては初めての判決であるが、我々はこれに勝訴することができた。
判決内容は、以下に詳しく説明するとおり、司法が原発の抱える本質的な危険性を深く認識し、差し止めの結論を導いたものであり、これからの脱原発訴訟に大きな影響を与える画期的な内容となった。
判決の理論的な立場と差し止めと理由とするところを概観する。
第2 判決の内容
1 人格権
人格権は憲法上の権利、人の生命を基礎とする。わが国の法制下でこれを超える価値を見いだすことはできない。
2 福島原発事故
原子力委員会委員長は福島第1原発から250キロ圏内に居住する住民に避難を勧告する可能性を検討し、チェルノブイリ事故でも同様の規模に及んだ。
ウクライナ、ベラルーシで今も避難が続く事実は、放射性物質のもたらす健康被害についての楽観的な見方、避難区域は最小限のもので足りるという見解の正当性に重大な疑問を投げかける。250キロは緊急時に想定された数字だが過大と判断できない。
3 本件原発に求められる安全性
(1)原子力発電所に求められる安全性
原発の稼働は法的には電気を生み出す一手段である経済活動の自由に属し、憲法上は人格権の中核部分よりも劣位に置かれるべきだ。自然災害や戦争以外で、この根源的な権利が極めて広範に奪われる事態を招く可能性があるのは原発事故以外に想定しにくい。具体的危険性が万が一でもあれば、差し止めが認められるのは当然である。
原子力技術の危険性の本質、そのもたらす被害の大きさは福島原発事故により、十分に明らかになった。このような事態を招く具体的な危険性が万が一でもあるのかが判断の対象である。福島原発事故の後において、この判断を避けることは裁判所に課された最も重要な責務を放棄するに等しい。
(2)原子炉等規制法に基づく審査との関係
4の考えは、人格権と条理によって導かれる。原子炉等規制法などの行政法規のあり方、内容によって左右されない。
新規制基準の対象となっている事項についても、基準への適合性や規制委員会による基準適合性審査の適否という観点からではなく、3(1)の理にもとづいて裁判所の判断が及ぼされるべきである。
4 原子力発電所の特性
原子力発電技術で発生するエネルギーは極めて膨大で、運転停止後も電気と水で原子炉の冷却を継続しなければならない。その間、何時間か電源が失われるだけで事故につながり、事故は時の経過に従って拡大する。これは原子力発電に内在する本質的な危険である。
施設の損傷に結びつく地震が起きた場合、止める、冷やす、閉じ込めるという三つの要請がそろって初めて原発の安全性が保たれる。福島原発事故では冷やすことができず放射性物質が外部に放出された。
本件原発には地震の際の冷やす機能、閉じ込める構造に次の欠陥がある。
5 冷却機能の維持
(1)ストレステストのクリフエッジを超える可能性を認めた。
1260ガルを超える地震では冷却システムが崩壊し、メルトダウンに結びつくことは被告も認めている。
ストレステストの基準とされた1260ガルを超える地震も起こりうると判断した。
わが国の地震学会は大規模な地震の発生を一度も予知できていない。
地震は地下深くで起こる現象であるから、その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ない、地震は太古の昔から存在するが、正確な記録は近時のものに限られ、頼るべき過去のデーターはきわめて限られていることを指摘した。
(2)700ガルを超えて1260ガルに至らない地震について、過酷事故につながる危険がある。
① 被告は、700ガルを超えるが1260ガルに至らない地震への対応策があり、大事故に至らないと主張する。
被告はイベントツリーを策定してその対策をとれば安全としているが、イベントツリーによる対策が有効であることは論証されていない。
事態が深刻であるほど、混乱と焦燥の中で従業員に適切、迅速な措置を取ることは求めることができない。地震は従業員が少なくなる夜も昼と同じ確率で起き、人員の数や指揮命令系統の中心の所長がいるかいないかが大きな意味を持つことは明白だ。
また対応策を取るには、どんな事態が起きているか把握することが前提だが、その把握は困難だ。福島原発事故でも地震がどんな損傷をもたらしたかの確定には至っていない。現場に立ち入ることができず、原因は確定できない可能性が高い。
仮にいかなる事態が起きているか把握できたとしても、全交流電源喪失から炉心損傷開始までは5時間余りで、そこからメルトダウン開始まで2時間もないなど残された時間は限られている。
地震で複数の設備が同時にあるいは相前後して使えなくなったり、故障したりすることも当然考えられ、防御設備が複数あることは安全性を大きく高めるものではない。
原発に通ずる道路は限られ、施設外部からの支援も期待できない。
②(基準地震動の信頼性)
従来と同様の手法によって策定された基準地震動では、これを超える地震動が発生する危険があるとし、とりわけ、4つの原発に5回にわたり想定した基準地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの間に到来しているという事実を重視した。
このような誤りが重ねられた理由は学術的に解明されるべきだが、裁判所が立ち入る必要はない。
これらの事例は「地震という自然の前における人間の能力の見解を示すもの」というほかない。
基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは、根拠のない楽観的見通しである。
③(安全余裕について)
被告は安全余裕があり基準地震動を超えても重要な設備の安全は確保できるとしたが、判決は、基準を超えれば設備の安全は確保できない、とした。過去に基準地震動を超えても耐えられた例があるとしても、今後基準を超えたときに施設が損傷しないことを根拠づけるものではない。
(3)700ガルを超えない地震について
地震における外部電源の喪失や主給水の遮断が、700ガルを超えない基準地震動以下の地震動によって生じ得ることに争いがない。しかし、外部電源と主給水が同時に失われれば、限られた手段が効を奏さなければ大事故となる。
補助給水には限界があり、①主蒸気逃し弁による熱放出、②充てん系によるホウ酸の添加、③余熱除去系による冷却のうち、一つでも失敗すれば、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展する。
主給水系が安全上重要でないという被告の主張は理解に苦しむ。
6 閉じ込め機能(使用済み核燃料の危険性)
使用済み核燃料は原子炉格納容器の外の建屋内にある使用済み核燃料プールと呼ばれる水槽内に置かれている。本数は千本を超えるが、プールから放射性物質が漏れた時、敷地外部に放出されることを防御する原子炉格納容器のような堅固な設備は存在しない。
福島原発事故で、4号機のプールに納められた使用済み核燃料が危機的状態に陥り、この危険性ゆえ避難計画が検討された。原子力委員会委員長の被害想定で、最も重大な被害を及ぼすと想定されたのはプールからの放射能汚染だ。使用済み核燃料は外部からの不測の事態に対し、堅固に防御を固めて初めて万全の措置といえる。
大飯原発では、全交流電源喪失から3日たたずしてプールの冠水状態を維持できなくなる危機的状況に陥る。そのようなものが、堅固な設備に閉じ込められないまま、むき出しに近い状態になっている。
国民の安全が優先されるべきであるとの見識に立たず、深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しで対応が成り立っている。
7 本件原発の現在の安全性
人格権を放射性物質の危険から守るとの観点からみると、安全技術と設備は、確たる根拠のない楽観的な見通しの下に初めて成り立つ脆弱(ぜいじゃく)なものと認めざるを得ない。
8 原告らのその余の主張
さまざまな違法理由や環境権に基づく主張、高レベル放射性廃棄物の問題などについては、判断の必要がない。
幾世代にもわたる後の人々に対する我々世代の責任という道義的にはこれ以上ない重い問題について裁判所に判断する資格が与えられているか、疑問である。
9 被告のその余の主張について
被告は原発稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いという問題を並べて論じるような議論に加わり、議論の当否を判断すること自体、法的には許されない。原発停止で多額の貿易赤字が出るとしても、豊かな国土に国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の損失だ。
被告は、原発稼働がCO2(二酸化炭素)排出削減に資すると主張するが、福島原発事故はわが国始まって以来最大の環境汚染であり、原発の運転継続の根拠とすることは甚だしく筋違いだ。
第3 判示の波及効果
1 これらの理由のうち、主給水の遮断が基準地震動以下の地震動によって生じ得ることについては、加圧水型の原発すべてにあてはまるものである。
それ以外の判示は、大飯原発3、4号機のみならず、全国の原発すべてにあてはまるものである。
したがって、この判決は、大飯原発3、4号機に限らず、原発が抱える本質的な危険性を認めた判決であると評価できる。
2 原子力規制委員会の適合性審査の下、川内原発や高浜原発の再稼働が強行されようとしているが、川内原発や高浜原発を含むすべての原発は、本判決が指摘する危険性を有しているため、再稼働することは認められない。
また、関西電力は、大飯原発や高浜原発の基準地震動を2割から3割程度引き上げて耐震工事を行うことを明らかにしているが、本判決は、現在行われている基準地震動の策定手法自体に根本的な疑問を提起しているのであり、このような場当たり的な対応によって、本判決が指摘する原発の危険性を否定することはできない。
第4 弁護団連絡会としての本判決の評価
本判決は、福島原発事故という深刻な事故を真正面から見据えた司法判断である。
福島原発事故のような深刻な事故を二度と繰り返してはならないという原告、弁護団の一致した声が司法の場にも届いた。
我々は「司法は生きていた」と胸を張って言える。
勇気と確信をもってこの判決を言い渡した、福島地裁民事部の樋口英明裁判長以下の合議体に、心から敬意を表したい。
しかしながら、この判決を特殊な判決であると考えることは誤りである。むしろ、深刻な事故を二度と繰り返してはならないという原点から出発し、深刻な事故を引きおこす具体的な危険性が万が一でもあるのかについて、骨太の事実認識にもとづいて手堅い判断を示したものだと言える。
これまで原発を容認してきたも同然であった司法は、市民感覚に沿って、福島第一原発事故とその被害の深刻な現実を目の当たりにして、「地震という自然の前における人間の能力の限界」を率直に認める画期的な判断を下したものということができるだろう。
第5 脱原発弁護団全国連絡会からのアピール
1 脱原発弁護団全国連絡会は、この判決を支持し、関西電力に判決に従うことを求め、もし関西電力が控訴するならば、全力で控訴審を当該弁護団と共に闘い、この判決を守り抜くことを宣言する。
2 脱原発弁護団全国連絡会は、規制委員会に対して、福島第一原発事故という現実を見つめ直し、判決の具体的な指摘を正面から受け止め、再稼働のための基準適合性審査を中止し、耐震設計、基準地震動、耐震重要度分類、共通原因故障などの諸点について、根本的な再検討を行うよう求める。
2 脱原発弁護団全国連絡会は、政府・国に対して、判決の指摘を受け、地震国日本における事故リスクを避けるため、再稼働を断念し、原発政策を根本から見直し、脱原発のための政策に舵を切るように求める。
3 脱原発弁護団全国連絡会は、全国の電力会社、そして原発立地及び周辺の地方自治体に対して、この判決を機に原発推進・依存から早期に脱却し、再生可能エネルギーを中心とするエネルギー政策への転換と環境重視の地域経済を目指すことを求める。