【はじめに】
25章の終わり方からは直ぐにもミディアン人に対する戦争が起こることが予測されますが、26章はイスラエルの兵士になりうる男性を数える章です。さらに27章以下はもっと戦争と離れた記事です。ヤハウェは戦争遂行を命じていますが、モーセとエルアザルは開戦時期を引き延ばそうとしています。そのせめぎ合いが「イスラエルにおける兵事」(2節)の徴兵可能男性数を数えることなのでしょう。徴兵可能男性数の調査は1章においてもなされています。民数記という書名の語源は2回も人間の数を数えていることにあります。1章と26章とは、部族の紹介順序が同じなので比較しやすいものです。レアの最初の四人の生まれ順は、「ルベン」(5節)、「シメオン」(12節)、レビ、「ユダ」(19節)です。レビのところに「ガド(レアの僕ジルパの第一子)」(15節)が入っています。十二部族について、また、民数記で今まで起こって来た出来事についても考え合わせながら、本日の箇所を読み解いていきたいと思います。
1 そしてヤハウェはモーセに向かってまたその祭司アロンの息子エルアザルに向かって言った。曰く、 2 貴男らはイスラエルの息子たちの会衆の全ての頭を持ち上げよ、二十歳の息子より、またそれより上の(者より)、彼らの父たちの家に応じて。イスラエルにおける兵事(に)出つつある全て(を)。 3 そしてモーセとその祭司エルアザルは、エリコ(の)ヨルダンに接するモアブの平野において彼らに語った。曰く、 4 二十歳の息子より、またそれより上の(者より持ち上げよ)、ヤハウェがモーセに命じたのと同じように。そしてエジプトの地から出続けているイスラエルの息子たちは(以下の通り)。
【頭数を持ち上げる】
「人頭税(人間の数当たりの税金)」や「頭数」という言葉が日本語にもあるように、「頭」(2節)は人間を数えるために使われます。数える人と、数えられる人の関係は、大概非対称です(7・18・22節)。モーセとエルアザルは、徴兵する権力を持っています。他人の頭を無理矢理ごぼう抜きできるのです。その徴兵を円滑に行う仕組みがイスラエルにおいては「父たちの家」(2節)と呼ばれる、部族>氏族>家族のピラミッド組織です。原文では、モーセとエルアザルはかなり大雑把な言葉を発しています。「二十歳の息子より、またそれより上の」(4節)は、「ヤハウェがモーセに命じたのと同じよう」ではありません。「頭を持ち上げよ」を省いているので意味をなしません。彼らの消極姿勢が伺えます。聖書は全般に民の数を数える行為に批判的です。
5 イスラエルの長男ルベン。ルベンの息子たちはハノク、そのハノク人の氏族、パルに属するそのパル人の氏族、 6 ヘツロンに属するそのヘツロン人の氏族、カルミに属するそのカルミ人の氏族。 7 これらがそのルベン人の諸氏族。そして彼らの数えられ続けている者たちは、四万三千七百三十となった。 8 そしてパルの息子たちはエリアブ、 9 そしてエリアブの息子たちはネムエルとダタンとアビラム。ダタンとアビラムこそがその会衆の召集者たち。彼らはモーセに接してまたアロンに接してコラの会衆の中で葛藤したのだが、彼らがヤハウェに接して葛藤した時に。 10 そしてその地は彼女の口を開けた。そして彼女は彼らとコラを呑んだ。その会衆の死ぬことにおいて、その火が男性の二百五十を食べたことにおいて、そしてそれらは印になった。 11 そしてコラの息子たちは死ななかった。
【ルベン】
ルベン部族には直近の16章における不祥事が重要です(9-10節)。この徴兵可能人数と直接関係ない出来事にもかかわらずあえてここで振り返っています。その理由は、「四万三千七百三十」(7節)という人数との関係でしょう。1章21節においては「四万六千五百」とありますから、ルベン部族は40年間で2,770人減っています。それは激減したシメオン部族と対照的な微減傾向です。ダタンとアビラム家族の死者数はそこまで大きくなかったということなのでしょう。
レビ部族の「コラの息子たち」は、反乱の首謀者家族であったけれども生存が明記されています(11節)。ダタンやアビラムと異なり、コラは個人として反乱(異なる礼拝様式の導入)を指揮していたことが伺えます。コラの息子たちはその後レビ人祭司として第二神殿でも働きます。この箇所は聖書に点在する個人主義の一つです。親の罪/罰は子に継承されません。
12 シメオンの息子たちは彼らの諸氏族に従って、ネムエルに属するそのネムエル人の氏族、ヤミンに属するそのヤミン人の氏族、ヤキンに属するそのヤキン人の氏族。 13 ゼラに属するそのゼラ人の氏族、シャウルに属するそのシャウル人の氏族。14 これらはそのシメオン人の諸氏族。二万二千二百。
【シメオン】
シメオン部族の氏族名は他の聖句と異なるところが多いものです。創世記46章10節にはエムエル、ヤミン、オハド、ヤキン、ツォハル、シャウル(母親はカナン人)と6人記載されていますが、民数記では5人しかおらず、しかも名前の異なる者もいます。有力ではない部族にありがちな言い伝えの弱さによるものです。
注目すべきは徴兵可能男性数の著しい少なさです。「二万二千二百」(14節)は1章23節の「五万九千三百」に比べると37,100人も減っています。24章9節の「二万四千人の病死者」は、もっぱらシメオン部族であったことをほのめかしています。この著しい現象を考慮してでしょうか、シメオン部族だけは「彼らの数えられ続けている者たち」という表現がありません。兵役の免除ということなのでしょう。
15 ガドの息子たちは彼らの諸氏族に従って、ツェフォンに属するそのツェフォン人の氏族、ハギに属するそのハギ人の氏族、シュニに属するそのシュニ人の氏族、 16 オズニに属するそのオズニ人の氏族、エリに属するそのエリ人の氏族、 17 アロドに属するそのアロド人の氏族、アルエリに属するそのアルエリ人の氏族。 18 これらは、彼らの数えられ続けている者たちに応じたガドの息子たちの諸氏族。四万五百。
【ガド】
ガド部族がレビ部族の代わりに三番目に繰り上げられている理由は、割り当てられる土地を、この紹介順は重視しているからでしょう。三男レビには土地が与えられません。そしてガド部族はルベン部族と共にヨルダン川を渡らずに(約束の地に入らずに)、東岸地域に定住します。人口変動は「四万五百」から「四万五千六百五十」(1章25節)を引く5,150人の減少です。
ガド部族も有力部族ではないので言い伝えの弱さから、創世記46章16節の人名リストと若干異なります(下線部)。それだけではありません。歴代誌上5章12-13節にある人名リストは、民数記のものと全く異なります。歴代誌は別の言い伝えをもって、五書に対抗しているのです。マルコとヨハネの競合に似ます。聖書は各書で響き合う正典です。どちらが事実かを問うよりも、神の言葉の豊かさと捉え、今・自分は・どちらを重視するかを考えながら読むべきでしょう。特に復活記事はかなりばらつきがあります。
19 ユダの息子たちはエルとオナン。そしてエルとオナンとはカナンの地において死んだ。 20 そして彼らはユダの息子たちになった。彼らの諸氏族に従って、シェラに属するそのシェラ人の氏族、ペレツに属するそのペレツ人の氏族、ゼラに属するそのゼラ人の氏族。 21 そして彼らはペレツの息子たちになった。ヘツロンに属するヘツロン人の氏族、ハムルに属するそのハムル人の氏族。 22 これらは、彼らの数えられ続けている者たちに応じたユダの息子たちの諸氏族。七万六千五百。
【ユダ】
ユダ部族はダビデ王を輩出するほどに最も有力な部族なので、人名に揺れが一つもありません。ちなみにペレツとゼラの双子兄弟の母親はタマルというカナン人です(創世記38章)。この点でシメオン部族のシャウル(13節。創世記46章10節。綴りはサウル王と同じ)と似ています。ルベンとガドだけではなく(東端)、ユダとシメオンも割り当てられた土地が隣接しています(南端)。そしてユダとシメオンは、土着のカナン人と最も関係が深い部族です。後にユダ部族は南隣のシメオン部族を吸収合併します。神の定めた境界線に拘らない自由の源はカナン流合理主義にあるのでしょう。
徴兵可能男性数「七万六千五百」は、1章27節の「七万四千六百」と比べると1,900人増加しています。他の三部族が軒並み微減、激減している中、ユダ部族の増加は目立ちます。それ以上に目立つことは、1章でも26章でも七万人以上を記録しているのはユダ部族だけだということです。最大最強最多のユダ部族の力の源は、カナン人との関係の深さです。多様性こそが力であると言っても良いでしょう。
【今日の小さな生き方の提案】
聖句を丹念に読んでいくと、無味乾燥に思える字面からも福音が星のように輝くものです。モーセとエルアザルの「適当な」態度(自らの良心に反しない限りの服従)。コラの罪/罰がコラにのみ問われていること。シメオン部族の著しい人口減少に対して配慮する政策が採られていること。力の弱い者も、否むしろ少数者が多数者と異なる意見を言っても良いということ。そして、多様性を内に含む組織が弱いようでいて(不安定でぶれやすいので)実は強いということ。これらが作る星座は、旧約聖書の中の良い知らせ・福音です。
新約聖書を持ち21世紀を生きるわたしたちは、戦争準備のため20歳以上の男性のみを数えるという愚はいたしません。成人男性に経済力が偏っていることを批判すべきです。むしろ弱いところ、小さいところ、少ないところに目を向けましょう。新約聖書の時代に数に入れられなかった女性や子どもたち、現代日本において無い者とされている性的少数者や外国籍の人、力を奪われている人々と共に生きる構えが信仰生活にとって大切です。