〔ヘブライ語部分〕 7 そして彼らは上った、イスラエルの子らのうちから、また祭司たちのうちから、またレビ人たちのうちから、また歌い手たちのうちから、また門衛たちのうちから、また神殿職員たちのうちから、エルサレムに向かって、アルタシャスタ王の七年に。 8 そして彼はエルサレム(に)来た、第五の月に。それはその王に属する第七の年(だった)。 9 実に第一の月の一(日)に、それがバビロンからの旅の開始(だった)。そして第五の月の一(日)に彼はエルサレムに来た、彼の上にある良い、彼の神の手にしたがって。 10 なぜならエズラがヤハウェのトーラーを探求するために、また行うために、そしてエルサレムで掟と公正を教えるために、彼の心を立たせたからだ。 11 そしてこれが、アルタシャスタ王が祭司・書記官エズラに与えた手紙の写し。(彼は)ヤハウェの命令の言葉および、イスラエルに関する、彼の掟の書記官。
旧約聖書の「時の中心」はバビロンへの捕囚(前587年)とバビロンからの帰還(前539年)にあることを前に申し上げました。その後、帰還したユダヤの民は神殿を再建します(前515年)。第二神殿建築後の歴史で最も重要な出来事は、書記官エズラがトーラー(現在の「モーセ五書」とほぼ同じ分量のもの)をエルサレムに持ってきたことです(前458年)。ペルシャ帝国アルタシャスタ王(新共同訳アルタクセルクセス)の第七年のことでした。ペルシャ帝国に三人アルタシャスタ王がいるので、前458年ではなく前398年とする有力な学説もありますが、私はエズラの帰還が先でネヘミヤの帰還(前445年)が後と考えるので前458年を採ります。
エズラには「書記官」(ショフェル)という肩書があります(6・11節)。この肩書には二重の意味が込められています。第一はペルシャ帝国の行政官僚という意味です。アッカド語由来のこの役職は、ペルシャ帝国の職位の中でもかなり高い地位です。特にエズラの場合は法律を作る仕事(法務官僚)であったと推測します。彼は大都市バビロンでの高位をなげうって、辺境の属州ユダとエルサレムの住民の担当行政官になることを志願します(14節参照)。
五書には大きな法律集の塊が所収されています。たとえば出エジプト記20章22節から23章19節までの「契約の書」や、レビ記17章から26章までの「神聖法典」と呼ばれる塊です。書記官エズラが五書に付け加えた部分ではないかと推測します。それによってトーラーに法律集という性格を与えるためです。まったくの宗教文書ではなく「地方自治法」の性格をもったトーラーを完成させ、それによってペルシャ帝国にユダヤ住民のより広い自治を認めさせようとしたわけです。自分たちの自治法を持たない民の自治を認めさせないというペルシャ帝国の方針があったと言われているからです。
ショフェルのもう一つの意味は「学者」というものです。いわゆる律法学者という意味合いで構いません。ショフェルの元来の意味は「数えること」「説明すること」「物語ること」です。後に「ショフェリム」(ショフェルの複数形)という言葉は、聖書を書写する人や聖書を研究する人を意味するようになりました。エズラはモーセ五書の単語や文字を数え上げたり、注釈を施したりする「学者」です。エズラは「第二のモーセ」「最後の預言者」(ユダヤ教徒の評価)であり、現代風に言えば最初の聖書学者と言っても良いでしょう。
本日の聖句と並行箇所にあたる、新共同訳聖書続編所収のエズラ記(ギリシア語)8章8・9節は、「主の律法の朗読者」とエズラを呼んでいます。行政官であると同時に、彼の本領は祭司であり宗教家です。正典であるトーラーを探求し、人々の前で安息日ごとにそれを朗読し、必要ならばアラム語で解説をする説教者です(ネヘミヤ記8章8節参照)。
バビロンの地でユダヤ人ながらペルシャ帝国中枢の高い地位を得、会堂で正典の編纂をしながらトーラーを完成させたエズラは、人生の集大成としてエルサレムに向かいます。エズラの夢は、約束の地に正典宗教を根付かせ、「法の支配」を行き渡らせることです。先に帰還したユダヤ人たちは確かに神殿の建築を成功させました。しかし、彼らが持ち込んだ預言書や五書の一部(エズラの持ち込んだトーラーよりも小さなもの)では十全な信仰共同体は形成されませんでした。またユダヤの民の貧しさも深刻な社会問題でした。エズラは実績を積んで出世したバビロンの地で、「自分だったら、ユダの地にもっと良い社会を作り上げられる」という自負を持っていました。より大きなトーラーを持って、ユダヤ人共同体に連なる一人ひとりの信仰生活・日常生活を向上させることが、宗教者・行政官エズラの夢です。
このエズラの夢に呼応する者たちがいました(7節「祭司・レビ人・歌い手・門衛・神殿職員」)。8章に詳しく名前付きで載っています。最初は祭司たち(8章1-14節)、次にレビ人たちが加わった、バビロンからエルサレムを目指す三・四ヶ月の旅です(同15-21節)。ここではレビ人を下級祭司という意味で用いています。だから、歌い手・門衛・神殿職員という人々はレビ人の内訳でしょう(13節も参照)。バビロンには神殿はありません。会堂だけが礼拝所です。そこでエズラの仲間たちは、神殿での礼拝を想像しながら職業訓練をしていました。前515年に建て上がった神殿の話を聞きながら、頭の中で祭司の所作や聖歌隊などの礼拝奉仕や毎日の神殿事務実務を想定し、そこへと献身していくのです。エズラという人は「神学校の校長」でもあったということです。
7節の表現「~のうちから」は、このような「神学生」たちが大勢いたことや、その人々の多数はバビロンに残ったことを推測させます。実際、エズラの帰還後もバビロンはユダヤ人信仰共同体の一大中心地でした。ユダヤ教神学の最先端の地であり続け、聖書翻訳や聖書解釈の文書化が盛んになされました。つまり、バビロンとエルサレムという二つの中心ができあがったのです。エズラが移動したことによって、エルサレムの信仰共同体が底上げされ、バビロンの信仰共同体と拮抗するようになったわけです。
連盟事務所がEBドージャーと共に福岡から下馬に移動して、九州(西南神学校)と関東(連盟事務所)という「二つの中心(教会が集中している地域)」ができたことと似ています。そのEBドージャーによって恵泉教会・いづみ幼稚園・めぐみ幼稚園・泉教会が創立されたことを、わたしたちは「連盟史的意義」の中でとらえ直す必要があります。ドージャーの移動により関東に教会が増え、日本バプテスト連盟が二つの中心を持つ楕円のネットワークとなりました。今に至るまで、教派神学校と教派事務所が距離的に遠いということは連盟全体に良い緊張と均衡をもたらしています。
〔アラム語部分〕 12 アルタシャスタ、諸王の王(によって)、天の神の法律の書記官・祭司エズラのために、それは完遂されつつある。そして今や、 13 わたしから勅令が置かれた。すなわち、わたしの帝国における、イスラエルの民および祭司たちおよびレビ人たちのうちより、エルサレムに上ることを自発的に望む者は全てあなたと共に上るように。 14 王と彼の七人の顧問たちの前からの全ての理由(により)、ユダとエルサレムについて探求するために(あなたは)遣わされつつある、あなたの手にあるあなたの神の法律でもって。 15 また、その住まいがエルサレムの中にあるイスラエルの神のために、王と彼の顧問たちが自発的に捧げる銀と金を運ぶために、 16 また、あなたがバビロンの州の全てにおいて見出す全ての銀と金を、エルサレムの中にいる、彼らの神の家のために自発的に捧げられている、民や祭司たちの自発的捧げ物と共に(運ぶために遣わされつつある)。
あまり知られていないことですが、旧約聖書にはアラム語で書かれた部分があります。ダニエル書とエズラ記の一部が代表例です。旧約聖書が二言語文書であることの紹介と、自分自身の復習も兼ね(アラム語の習得も米国留学の動機でした)、本日はあえて説教箇所にアラム語部分を含ませています。
ではなぜアラム語部分があるのでしょうか。エズラ記の場合は明確な理由があります。アラム語を公用語とするペルシャ帝国の公文書の写しであるということを立証するためという理由です(11節)。その部分をアラム語で記載することによって信ぴょう性を増し加えようというわけです。この事情も汲んで、私訳は「法律」という訳語をあてました(JPS “law”)。ペルシャ帝国にとっては、宗教文書トーラー(JPS “Teaching”)ということよりも、地方自治法という意味が強いからです(12・14節)。
「王と彼の七人の顧問たち」(14節)というペルシャ帝国の最高権力者たちは、エズラを公式にエルサレムに派遣しました。このことはエズラがかなり高位の官僚であったことを意味します。彼の上には8人しかいないのです。彼らには理解できなかったことでしょう。ペルシャ帝国の富と権力と地位と名誉を棄てて、130年前の居住地(エズラは知らない)である片田舎に「帰還」したいなど、何の利益もなさそうに思えます。奇特な決断と映ったことでしょう。それゆえにエズラの「自発性」に心を打たれたと思います。13・15・16節はあえて「自発的」という言葉を訳出しています。自分のしたいことをする時に苦労は苦労ではなくなります。そして、そのような自発的行為に対して、人は感動し、自発的に助けたくなります。自発性は共鳴し共振します。
エズラの寄付と、バビロン州住民の寄付と、王と彼の七人の顧問たちの寄付が、すべて自発的に寄せられました。ここに教会の模範があります。教会という組織は任意団体です。自発的に組織する構成員の自発的奉仕によって活動します。お互いはお互いの自発性に共感し共鳴し共振します。献金はその後についてくるものです。
そしてもう一つの模範は、本日の箇所においてエズラたちが旅の途上にあるということです。教会のことを「地上を旅する神の民」とも呼びます。出メソポタミアを果たすことによって、エズラたちは「完遂されつつある」(12節)旅を開始します。出エジプトを果たしたイスラエルが、トーラーを携えて、約束の地に入る前に四十年も荒野を旅した状況と同じです。モーセが結局約束の地に入ることができなかったということは、トーラーという本の「未完性」と、神の民が生来持っている「未完性」を示しています。教会は神の国の「完成品」(およびその大量生産品)ではありません。むしろ未完成であることが教会の本質です。それゆえに各個教会は独自の個性と欠けを持っています。泉バプテスト教会がそのような「土の器」であることを自覚することが大切です。
今日の小さな生き方の提案は、エズラに倣うことです。自分の本当にしたいことは何なのか、そのことを改めてよく考えることです。エズラはバビロンで生まれまた死んだ先祖たちに倣ってトーラーの書写や研究をしました。それで十分の地位も名誉も得ていました。会堂でも王宮でも尊敬されていました。エルサレムに住むユダヤ人同胞のためにトーラーを拡充したり、それを持ち込んだりしなくても良かったのです。ところが「心を立たせて」献身決意をし、あえて火中の栗を拾ったわけです。この自発性が人生を豊かにします。つまり「わがまま」になることです。自分のしたいことをする時に逆説的に仲間が与えられます。教会とはそのようなお互いの集まりです。