クリスマスの出来事 2022年12月24日 キャンドルサービス説教

新生讃美歌の180番に「イエスがこころに」という歌があります。尊敬する恵泉バプテスト教会の牧師・福永保昭さんが作詞作曲をされたクリスマスの讃美歌です。「小さな町の 小さな小屋で 小さなみどりご 世に生まれた そのみどりごは この私たち 救うために 世へつかわされた イエスキリストが今私の心に生まれた その愛の深さに気づくこのクリスマス」(1節)。

この歌詞は、私たちが毎年クリスマスをキャンドルサービスという形で祝う意味をよく伝えています。イエス・キリストがあの夜生まれたことは、ロウソクが灯されることに似ているからです。

ロウソクの火はとても小さなものです。闇に包まれた広い原野全体を照らすものではありえません。しかし、暗い部屋を照らすために太陽を手元に持ってくる人はいません。明るすぎるし大きすぎてそのようなことはできません。ロウソクは狭い部屋で用いられます。

家畜小屋でイエスが生まれた時、夜でしたから、そこはかなり暗かったことでしょう。マリアとヨセフの心境も真っ暗です。二人とも突然親になることを強いられ、ベツレヘムまでの長旅を強いられ、馬小屋での出産を強いられたからです。無事に出産が終わった後ほっとしたと思います。彼と彼女の心にも火がともります。三人でナザレまで帰る苦労を想像すると気持ちが挫けそうですが、赤ん坊がいるので耐えられそうです。

最初に目撃した羊飼いたちも長時間労働でくたびれていたはずです。それでも世界の希望を近くで見ようとします。その火はロウソクのように近づかなくては見られないものだからです。毎日の労働の苦労が変わるわけではありません。しかし、寝ている赤ん坊を見て、明日も生きようという力が与えられます。彼ら彼女たちの心にもロウソクの火がともります。

そして羊飼いたちは夜中に讃美歌を歌いながら帰ったというのです。赤ん坊から、神さまから愛と励ましをいただいたからです。とあるドラマのセリフで恐縮ですが、人生のレモン(辛酸)はレモネードに変えられることがあります。イエス・キリストを信じることによって、愛と励ましをいただき、私たちの人生は美味しくなるのです。

クリスマスの出来事は、2000年前だけではなく今も起こります。さきほど隣人から手渡された火を自分のロウソクに灯したように、もしもキリストという愛と励ましの火を自分の心に受け入れるなら、人生の酸っぱさは変わらないままに、一味違う新しい人生が始まります。

先ほどの讃美歌の2節は次のような歌詞です。「喜びの道 手を取り合って 共に歩もうよ イエスに向かって 私の中で 主イエスは生きて 愛と励ましを 与えられる イエスキリストが今私の心に生まれた その愛の深さに気づくこのクリスマス」

共に救い主を心の中に迎え入れましょう。