ユダという人 ルカによる福音書22章1-6節 2018年8月19日礼拝説教

ルカ福音書は物語をはっきりと三つに区分しています。1章1節-4章13節がプロローグ。夜明け前に例えられます。4章14節から22章2節までがイエスの伝記本体であり、「時の中心」。昼間に例えられます。そして22章3節から24章53節までが「受難物語」という長いエピローグ。日没から再び日の出までの間に例えられます。区切りは悪魔/サタンによってなされます。

「ユダの中に、サタンが入った」(3節)。唐突にここでユダに入ったとされるサタン/悪魔は、今までどこに居たのでしょうか。「悪魔はあらゆる誘惑を終えて、時が来るまでイエスを離れた」(4章13節)とあります。イエスの活動が始まる前にサタンは離れたので、イエスの活動にはまったく影響を及ぼせませんでした。こうしてルカは、イエスが執拗に命を狙われながらも自由奔放に活動できた理由を説明しています。そして、あんなにも自由に活動できた神の子が、なぜエルサレムでむざむざと処刑されたのかの理由も説明しています。エルサレムを目指す長い旅においてサタンはおらず、エルサレムにおいてサタンが居たからなのだという説明です。

「受難物語」はサタンの活動する時です。4章13節で予告されていた「その時」が来たからです。サタンはユダに入り、そしてシモン・ペトロにも働きかけます(31節)。「今はあなたたちの時で、闇が力を奮っている」(53節)。サタンは時代区分の目印です。サタンの働きがイエスを死へと追いやります。

ルカ福音書・使徒言行録において、サタンはこの後立ち去りません。ということは、わたしたちの生きている時代にもサタンなるものは居続けているということになります。生身のイエスが活動した期間だけが例外であり、それ以外のイエス不在の期間はサタンが居る。ではサタンとは何なのでしょうか。

サタンは悪魔とも呼ばれます(4章2節、マルコ福音書1章13節)。サタンという名前は元々固有名であり、神を中心にした「天の宮廷」の構成員として旧約聖書に登場しています(ヨブ記1章6節等)。

神に対抗する存在としてのサタンや、さらにはサタンや天使たちのような「人間以上神未満」のものたちは、一神教にとっては説明が難しいものです。サタンが堕天使であっても事情は同じです。とりあえず今日は、「古代の人はそのような神話的な形で人がなす悪事を説明した」とだけ申し上げておきます。「魔が差した」という表現と似ています。普段は考えつかないような悪事を、誰かから唆されるようにして、つい行なってしまった場合、「サタンがその人に入って誘惑をした」と表現し、納得していたということです。

このような意味でサタンは今も居続けています。ただし、わたしたちはサタンという神話的な言い方をしないほうが良い。なぜなら自分の悪行を何でもサタンのせいにして自らの罪責を顧みなくなる怠惰に陥る危険があるからです。これは阿片としての宗教の弱点です。「蛇のせいにする」(創世記3章)よりも、己の罪を深く悔い改めるべきでしょう。そうすれば、より誠実な生き方を指し示す宗教の強みが生きてきます。

イスカリオテのユダが師匠イエスをユダヤ政府に引き渡したという史実は、サタンによるというよりも、むしろユダ個人の罪によるものです。そしてユダ個人の罪というものは、社会的に形作られたものでもあります。

イエスの側近中の側近であるユダが、卑劣にもイエスを裏切った理由について考えてみましょう。イエスとその仲間たちは彼を厚く信頼していました。一行の会計係を任されているほどです(ヨハネ福音書12章6節)。

イスカリオテという呼び名にヒントがあります。これはユダの出身地を示します(ヨハネ福音書13章2節)。イシュ・カリオテと分解すれば、「カリオテの人」という意味です。ギリシャ語カリオテはヘブライ語キルヤトの音写です。キルヤトという地名はユダヤ地方にあります(ヨシュア記15章のいくつかの地名)。ユダはガリラヤ地方の人ではなく、弟子の中では珍しくもユダヤ地方の人ということになります。そして、ユダヤ地方のほうが「都会・中央」であり、ガリラヤ地方のほうが「地方・辺境」にあたります。ユダヤ地方の人は、ガリラヤ地方の人を差別していました(22章59節。ヨハネ福音書1章46節)。

あるいは「カリオテの人」は「都会の人」を意味するかもしれません。キルヤトに「街」という意味があるからです。それでも結論は同じです。中央の人から田舎の人への蔑視がユダという人の中にあって、それをガリラヤの漁師たちから揶揄されて付いたあだ名かもしれないからです。ユダの出身地は首都エルサレムだったかもしれません。

ユダがイエスを引き渡す理由の根っこには、民族差別・地方差別があります。ガリラヤ地方は、後30年の時点から遡ること約130年前にユダヤに併合された(前104/103年)「異邦人の地」です。ユダヤ地方の住民から見れば、ガリラヤ人は「純血/純粋」のユダヤ人ではありません。ユダは、「十二人」(3節)の数に入れられることを恥と感じています。民族の聖地エルサレムに中々入らないで長旅をするイエス。長い旅であるにも関わらずダビデ王と自分の生地でもあるベツレヘムに立ち寄らないイエスに対する不満もあります。イエスはダビデ王の子孫であることを軽んじ(20章40-44節)、ガリラヤからの旅人・野宿者であろうとしています(21章37節)。「混血」のサマリア人にも好意的であり(9章54-55節、10章25-37節)、首都エルサレムに敵対的です(13章34-35節、19章41-46節、21章20-24節)。ナザレのイエスです。

ガリラヤ出身の弟子たちから見ると、ユダヤ地方の首都エルサレムは旅先です。しかし、ユダヤ地方キルヤト出身のユダ/都会の人ユダにとっては、久しぶりに帰る故郷にあたります。ここには「放蕩息子の譬え話」(15章11-32節)の裏返しがあります。ガリラヤという遠い国へ旅立ち、ナザレのイエスなどという胡散臭い人物にかぶれて、軽蔑すべきガリラヤ人たちと寝食を共にし、非ユダヤ人の土地にも徴税人の家にも訪れ、人生を無駄に過ごしたユダ。愛すべき「弟息子」が、やっとエルサレムに帰ってきたのです。

「もう野宿はこりごりだ。エルサレムにまで来てなぜオリーブ山に野宿し続けるのか」。山で祈り野宿をする一団から密かに抜け出て、夜ユダは祭司長たちや神殿長たちを訪問します。どのようにしてイエスを引き渡すべきかの相談のためです(4節)。「父親」である祭司長たちや律法学者たちは大喜びで放蕩息子ユダの帰還を迎え入れます(5節)。ユダがやっと本来のユダヤ至上主義者に戻ったということを、ユダヤ地方の権力者たちは喜び、金を渡す約束をしました。ユダは承諾します(6節)。後日ユダはその金でエルサレムに土地を買ったようです(使徒言行録1章18節)。彼は首都定住を願っていました。

ユダの期待はイエスが武装蜂起をし、首都でダビデの子孫である王として即位することだったのでしょう。ユダヤ政府を転覆させ、ついでに訪問中のガリラヤ領主ヘロデも暗殺し、ローマ総督ピラトの率いる軍団と武装衝突をする。クーデター成功後に、男性弟子十二人を中心に「神の国」を樹立し、地上の政治権力を握る。これがユダの、イエスに寄せた期待です。派手に入城して神殿を占拠するまでは期待通りでしたが、その後武装する気配がありません。

「承諾する(エクソモロゲオー)」(6節)は、信仰告白のために用いられる専門用語です(使徒言行録19章18節、フィリピ2章11節等)。ユダの引渡しは主人を替えるという行為です。「イエスは主である」という告白から、「権力・金・血は主である」という告白へと回帰したのです。マタイ福音書はユダの後悔・自死を記します(マタイ27章3-10節)。しかしルカ文書にはそのようなユダの葛藤は描かれていません。むしろユダは強い意思をもって、信仰告白の対象・崇拝する相手を替え、祭司長たちに忠誠を誓いました。

ここに教育というものの影響力の強さを知らされます。ユダはイエスと共に歩みながら、イエスから生き方を学びませんでした。イエスに出会う以前の教育が、ユダの変化を阻んだのでした。神を愛し・人を愛するという小さな生き方に転換したはずが、それは上澄みにしか過ぎませんでした。

一般的に日本で教育を受けた人は、自分の意見を述べることや異見をたたかわせることが苦手です。憲法価値(人権尊重・権力を縛ること・自治を重んじること)を普及させるためには、教育に頼るしかありません。しかし、その教育で日本では長時間暗記学習のみが重んじられています。フィンランドは宿題というものを廃止し、現在学力世界一となっています。ノルウェーの小学生の宿題は各政党の公約のまとめです。韓国では政治的デモも教育の一環です。主権者教育も人権教育もなされない日本の若者に、いきなり「自分の意見を公にしろ」と言われてもできるわけがありません。語学としての英語だけ上達しても、世界の人々と討論で渡り合い「世界の自治を担う」ことは難しいでしょう。

教育というものは罪深いものです。教会が教育の働きをする場合に謙虚にならなくてはいけないと思います。日本社会の中にすっぽりといるからです。ユダは長い期間を経て社会的に形作られた人間が生き方を変えることの困難を教えています。ユダはわたしたちです。福音に出会っても、毎週礼拝に通っても、本質的に中々変わらないわたしたちの罪深い姿を、ユダは現しています。

イエスは、後に自分を裏切るユダを、なぜ弟子/使徒にしたのでしょうか。イエスは徹夜の祈りをして、ユダ含む十二人を自分の弟子/使徒に選びました(6章12-16節)。このことはわたしたちに何を教えているのでしょうか。

ユダを選ぶイエスの姿は、神のわたしたちへの信頼と期待と愛を教えています。真の相手への信頼は、相手が自分を裏切る自由も認めるものです。真の相手への期待は、相手が自分の期待通りにならない自由を認めるものです。真の相手への愛は、相手が自分を愛さない自由を認めるものです。「もしも自分を愛するならばあなたを愛しても良い」というような条件付きの愛ではありません。イエスはユダを尊重し、何を信じても信じなくても良い自由を認め、イエスの持つ期待からも自由にさせ、無条件にユダの存在・行動を肯定しました。

オリーブ山の野宿をしている時にユダが一人起き上がりエルサレム市街に行く姿を、イエスは見ていたと思います。ゲツセマネで祈りながら、「友よ、したいことをしなさい」と、イエスはつぶやいていました。ユダの裏切りも用いて十字架で殺され、ユダを含む全世界の罪を赦し贖ったのです。ユダを選んだ理由は無条件の赦しを教えるためです。ユダがもし転落死しなければ、彼もまた使徒としてキリスト教会の創始に関わっていたことでしょう。

今日の小さな生き方の提案は、イエスがユダに示した信頼・期待・愛を受け取ることです。わたしたちはキリスト者となってもイエスを裏切ることが多い者たちです。世間が生み出す罪に根ざし、罪を行う不実なものです。しかし、キリストは誠実であり続けます。わたしたちの不実も、想定内・範囲内のこととして受け止めてくださいます。ユダの裏切りも十字架・復活への道の一コマとして用いられます。ここに救いがあります。転んでも起きれば良い、立ち返れば良いのです。ユダの裏切りの罪でさえも、イエスは十字架で贖いました。この愛を信じて、思い切って自由に生きましょう。