2/1今週の一言

2/1の「聖書のいづみ」は休会といたしました。

米国のトランプ政権についての報道が喧しい昨今です。「より良い権力をつくる仕組み」の劣化が懸念されます。日本においても、あるいはおよそ「民主主義」を標榜するすべての国と地域で問われている事柄でしょう。

「絶対的権力は絶対に腐敗する」ものですが、権力そのものは必要です。人間の組織は、誰かに何らかの力を委託するものです。強制力を伴う装置なしに、社会を維持することは難しいからです。問題は権力の使い方やどこに用いるかを、主権者自身がきちんと統御できるかです。神学の世界の言葉で言えば、「権力の獣化」(ヨハネの黙示録13章)が課題となります。

聖書の中には「黙示文学」という分野があります。旧約のダニエル書や新約のヨハネの黙示録がそれにあたります。黙示文学は未来への予言ではなく、むしろ著作当時の「権力による信者迫害」に対する抵抗文学です。世の終わりの恐怖として描かれる事態は、獣のような迫害者に対する、神の懲罰の期待が反映されているのです。ここから導き出される教えは、「権力が獣化した場合には信者は権力に抵抗しても良い」というものです(抵抗権)。

獣への抵抗は重要な考えですが、それを最初から訴えるのもいかがなものかと思えます。下手をすると抵抗する行為や、抵抗の結果としての「殉教」が美化されてしまうおそれがあります。それでは、ヤスクニ思想、聖戦思想と似通ってしまわないでしょうか。または、殉教にまで至らないで迫害の結果棄教した信者は、劣等生としてしか評価されなくなってしまいます。本当に悪いのは思想信条を理由に迫害した獣・権力であるのにもかかわらず、論点がずらされてしまうのです。

権力の獣化を防ぐ手立ても重要なことです。権力が一旦暴走したら手に負えなくなることを歴史の教訓からわたしたちは知っているからです。「立憲主義」という考えが生まれた素地・問題意識はこの点にあります。「権力が分立していない国は憲法を持っていない」のです。三権分立は、獣化を防ぐ手立てです。

日本や英国よりも米国は憲法上三権分立が強い国家です。それにも関わらず大統領令濫発に慌てふためいています。となると、他の要素も考えなくてはいけないでしょう。一世を風靡した「二大政党制による安定した政権運営」が一つの悪影響を与えています。民主・共和両党だけでは掬い取れない人々の不満が、サンダース躍進・トランプ現象を引き起こしたと言えるからです。民意を反映した選挙制度づくりや、「自治の神学」を組み上げる必要があります。JK