2019/11/06今週の一言

11/6の聖書のいづみでは、フィリピの信徒への手紙3章5-6節を学びました。以下にギリシャ語の語順を意識した直訳風私訳を記します。

5 割礼による(生後)八日目の者、イスラエルの民族出身(の者)、(しかも)ベニヤミンの部族の。ヘブライ人の中のヘブライ人。律法の点ではファリサイ派。

6 熱心の点では教会を迫害し続けている者。律法における義の点では責められるところがなくなった者。

パウロが頼みとする自らの血筋についての自慢が続きます。ここには民族主義や血統主義が露骨に表明されています。だから反面教師として、「このようなことを頼みとしたり誇りとしたりしないように」という指針を受け取るべきです。

割礼はユダヤ人男性であることのアイデンティティとなる通過儀礼です。生まれて八日目のユダヤ人男児は性器の包皮の先を切除しなくてはいけません。改宗者は改宗の要件として割礼が義務づけられます。パウロは、小アジア半島のタルソという町に移住したユダヤ人家庭に生まれましたが、自分が生まれながらのユダヤ人であることを誇っています。無意識のうちに、男性であることも自慢しています。

ベニヤミン部族はイスラエルの十二部族の一つです。しかも由緒正しい部族です。なぜなら、ベニヤミン部族がイスラエル統一王国の初代王サウル(ヘブライ語発音シャウル)を輩出しているからです。パウロのヘブライ語名はサウル(シャウル)です。明らかに彼がベニヤミン部族出身であるから付けられた名前です。

ヘブライ人はここでは「すべてのユダヤ人」という意味で用いられています。歴史的には、ヘブライ人(前13世紀以前)、イスラエル人(前12世紀以降)、ユダヤ人(前6世紀以降)の順序で呼び方が付け加わっていきました。同じ人々を指すのに三種類の呼び名が併存しているのです。現代イスラエル国民もここに加わりますからさらにややこしい状況です。パウロは、ベニヤミン部族が最高の部族であると主張し、自慢しています。

「~の点では」という構文が三つ続きます。二つの「律法(における義)の点では」に、「熱心の点では」が挟まれています。この場合、真ん中にあるものが中心的な指針と推測できます(集中構造)。つまり、宗教的熱心・正統意識とその結果としての「教会=異端の迫害者」という意識が核です。パウロは血筋や律法遵守を無邪気に自慢しています。その一方で、「教会を迫害し続ける者」という罪についても、死ぬ間際まで心の中に強く刻みつけています。 JK