2023/05/17今週の一言

【3章】

16 そして彼女は彼女の義母のもとに来ました。そして彼女は言いました。「貴女は誰か、私の娘よ。」そして彼女は彼女のために、その男性が彼女のために行った全てを、告げました。 17 そして彼女は言いました。「これらの大麦六(升を)彼は私のために与えました。というのも彼が、『貴女は空手で貴女の義母のもとに来てはならない』と言ったからです。」 18 そして彼女は言いました。「貴女は座りなさい、私の娘よ、出来事がいかに落ちるかを貴女が知るまで。というのも、その男性は平静ではないでしょうから、その日(に)その出来事(を)彼が完遂する以外には。」

 ルツは義母ナオミのもとに、ボアズから贈られた大麦をもたらしました。ボアズはルツ「のために」行為をし、ルツもそれが自分のための厚意であることに気づいています(16・17節の波下線)。迎えるナオミは修辞的な質問を発します。「貴女は誰か」(16節)。この質問の答えはナオミ自身が発しています。ルツはナオミにとって大切な「わたしの娘」です(16・18節)。

 「空手で」(17節)という単語は、1章21節のナオミの言葉を引き受けています。ナオミはベツレヘムに「空手で」(新共同訳「うつろに」)帰郷したと嘆いています。ルツはナオミの嘆きに傷つけられながら心に刻んでいました。そしてボアズの言葉としてナオミに、「あなたは空手ではない。私が共にいる」と告げます。

 ヘブライ語には抽象的な「事」をあらわす言葉がありません。そこで具体的に「出来事〔ダバル〕」(18節)と訳します。その一方でダバルの原意は「言葉」です。ルツ記においてさまざまな人物によるさまざまな言葉が発せられ、物語が織りなされてきました。どこに落着するのでしょうか。「出来事」の完遂は、ボアズがこの日に語る「言葉」にかかっています。JK