ゲラサ人の地方(デカポリス)の湖岸から、再びイエス一行は対岸のガリラヤ地方の湖岸に戻りました。おそらくそこはカファルナウムという町だと思います。カファルナウムはペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネの漁師たちの故郷です。ゲラサ地方への船旅もカファルナウムから出発したのではないでしょうか。そうでなければ舟を調達することは難しいからです。ヤコブとヨハネは網元の御曹司でした。そこから、舟を借りた可能性があります。
イエスの仲間たちがガリラヤ地方を巡回するときには大抵カファルナウムで放浪の旅に必要な物資の補給をしていたと思われます。そこにあるペトロの姑・妻の家がイエス一行の旅の中継拠点となっていました。今回のガリラヤ湖横断往復の旅の場合も、旅支度をカファルナウムでして、ゲラサ人の地方への船旅をし、また、そこへと戻ってきたと推測されます。
帰ってきたイエス一行はペトロの妻と姑の家へと向かおうとしました。食事を取ったり、休んだりするためです。しかし、それはできませんでした。イエスを待ち受ける多くの人々が居たからです(40節)。特にヤイロという名前の会堂長は、イエスの帰りを心待ちにしていました。十二歳になる自分の一人娘の病気を治してもらいたかったからです。彼はイエスの足もとにひれ伏して、自宅に来ることを願います。そしてその願いは叶えられます(41-42節)。旅の途中で進路が変わることも、物語の一つの主題です。
振り返って考えてみても、8章23節から56節に至る一塊の物語は、「旅の途中で起こる寄り道」の連続です。ガリラヤ地方からゲラサ人の地方へとイエスは大きな寄り道をします(22節)。嵐を静める物語は、航海の途中の挿話でした(23-25節)。湖岸に着いた一行は元々内陸部の大都市ゲラサへと向かおうとしていたかもしれませんが、たまたまそこに来た一人の人に寄り道として関わります(26-39節)。そして町の人々の願いを聞いて、結局大都市ゲラサには行かずに進路変更してガリラヤに戻ることになりました。
同じように、今日の場面もペトロの姑の家に行くはずが途中でヤイロの家に寄り道することになります。さらにヤイロの家に行く途中で、一人の女性に関わるという寄り道が起こります(42-47節)。全ては途中であり、全ては進路変更・寄り道の連続です。
ここには人生に関する教えがあります。わたしたちは全て途中・途上を生きているのです。それは結局進路変更の連続です。人生は、ゴールが見えている直線コースを目標に向かって最短距離で走る徒競走ではありません。むしろ人生は、いくつもの分かれ道を迷いながら歩いていく旅にたとえられます。常に途中・途上です。新しい風景や、新しい分岐点にいつも出くわします。だから常に挑戦の連続です。新しい出会いの連続です。キリストが寄り道や進路変更を楽しんでいたように、わたしたちもそのような心持ちで毎日を過ごすように求められています。実はそれが楽しく、同時に楽な道なのです。
ヤイロとその娘については来週詳しく扱うこととして、今日は十二年間女性特有の出血が止まらない病気に罹っていた人の物語を取り扱います(43-48節)。この女性の置かれた苦しい境遇について理解するためにはレビ記15章25-31節を読まなくてはいけません(旧約186ページ)。
まず月経期間中の女性が宗教的に汚れているという観念が大前提にあります(同19-24節)。「血」は汚れとみなされていたわけです。日本にも似たような考え方が残っています。だから女性は汚れている、神山に登れない、建築現場に入れない、土俵にも上がれないなどの差別的習慣が残っています。
これを前提にして「生理期間中でないときに、何日も出血があるか、あるいはその期間を過ぎても出血がやまないならば、その期間中は汚れており、生理期間中と同じように汚れる」と律法で定められます(同25節)。その女性が触った物はすべて同じ汚れが伝染します(同26節)。そして汚れた物に触った人もその日の「夕方まで汚れている」とされます(同27節)。
「彼女が出血の汚れから清くなり、七日間が過ぎたならば、その後は清くなる」(同28節)。七日以内に出血している女性は、そのままずっと宗教的に汚れているとみなされます。また、七日間出血が止まった場合には、八日目に山鳩か家鳩を祭司に捧げなくてはいけません。それを用いて祭司は「彼女の異常出血の汚れを清めるために贖いの儀式を行う」のです(同29-30節)。たとえば出血の中断が十日続いた女性が次の十日出血した場合、非常に忙しくなります。山鳩か家鳩の捧げ物を頻繁に行わなくてはならないし(経済的負担)、宗教的に汚れたり汚れなくなったりするのですが、どう考えても汚れている期間の方が長いのです(精神的負担)。
このような女性差別に基づく法律が、イエスの時代のユダヤ人たちの心と体を支配していました。十二年間も出血が止まらない女性は、極めて生きづらい状況に置かれています。彼女が宗教的に汚れているということを、カファルナウムの町の人はよく知っています。なぜかと言えば、彼女の服に触れば自分自身が夕方まで汚れてしまうからです。うっかり汚れた存在にならないために、町の人は彼女のような汚れた存在を把握しなくてはいけません。監視社会です。町の人たちは聖書に書いてある通りのことを行うという正義感のもと、きわめて真面目に出血が止まらないという病気の女性を排除していたのです。
たとえば会堂長のヤイロもその一人です。彼女の父親や兄弟が会堂に入る時には特別にあれこれと質したはずです。彼女は今も病気か。出血が七日以上止まったとしてもちゃんと祭司からの清めの儀式を受けたか。彼女の触った物に触っていないかなどなど、会堂に集まる人に汚れが広まらないように、失礼な質問を繰り返したはずです。そのような会堂での礼拝に、彼女の家族は行く気がなくなるでしょう。医者に全財産を使い果たしてでも治りたいという気持ちはよくわかります(43節)。法律自体を変えることが不可能な中では、その法律の中での最善を図るしかないのです。健康な人に医者は要りません。医者を必要としているのは、病人です。
彼女はイエスが向こう岸から帰ってくるという福音を今か今かと自宅で待っていました。今度イエスがカファルナウムに来るときには、必ず癒してもらおうと決意を決めていました。シモンの姑の熱病も治してもらったそうだ(4章38-41節)、汚れているとされたハンセン病の人にイエスは触って清めた(癒した)そうだ(5章12-16節)、汚れているとされた徴税人レビの家にもイエスは入ったそうだ(5章27-32節)。他にも多くの人々が悪霊を追い出してもらったり、病気を治してもらっていたりしていたことを、彼女は噂で聞いていました。「群衆は皆、何とかしてイエスに触れようとした。イエスから力が出て、すべての人の病気をいやしていたからである」(6章19節)。その元病人の中から女性の弟子たちがイエスに付き従って放浪の旅を一緒にしていることも伝え聞きました(8章1-3節)。
これらの噂は、それ自体で福音です。彼女はナザレのイエスが、法律的・宗教的に汚れているとされた人にも触り、食卓を囲む人物だと知って安心しています。自分も十二年間汚れているとされ、社会全体から排除されているからです。イエスは彼女のことを遠ざけない方です。彼女はイエスの服に触れることができれば自分の病気も治ると信じています。なぜなら、そのような仕方でイエスから力を引き出したさまざまな種類の病人がいたことを知っているからです。そして汚れたとされていた人に触れることができるイエスは、彼女がイエスの服を触っても嫌がらない方であるはずです。
福音は彼女を起き上がらせ、恥と屈辱にまみれた町の中へ、人ごみの中へと向かわせます。人々は「有名な」彼女の存在に気づいていないようです。なぜなら、群衆はずっとイエスを取り巻いて、窒息させんばかりに押し合っていたからです(42・45節)。もし彼女が紛れていることに気づいていたなら接触を嫌がるはずですから、皆雲の子を散らすように逃げたはずです。彼女は顔を隠し、頭かぶりで顔のほとんどを隠して、群衆の中を突き進みました。そして、目指す群衆の中心・イエスの服の房を触ったのです。すると彼女の信じた通りの出来事が起こりました。出血が止まったのです(44節)。
イエスの反応は意外なものでした。「わたしに触れたのは誰か」(45節)、「誰かがわたしに触れた。わたしから力が出て行ったのを感じたのだ」(46節)。きつく咎めるような口調です。この反応は彼女にとって意外でした。てっきり何も言わずに見逃してくれると思っていたからです。そして誰にも気づかれずに、出血が止まった今から八日目に祭司のところにだけ行こうと思っていたからです。病気が治っていてもこの時点ではまだ「彼女は汚れている」とみなされていることが重要です。彼女が触った人はすべて汚れてしまったのですから、その人々が激怒して彼女を虐殺する可能性もあったわけです。
そのうちに人々が彼女の存在に気づき始め、段々とイエスの周りから人が減っていきます。人々のイエスへの熱狂は彼女への憎悪に変わっていきます。もはや隠しきれなくなって彼女は、「震えながらひれ伏し、触れた理由とたちまちいやされた次第とを皆の前で話した」(47節)。イエスとは初対面ですから、彼女の話は相当長いものだったと思います。病気になってからの悲惨な話を、イエスと人々は水を打ったように静かになって聞き入ったのでした。法律が彼女を苦しめていた事実を、当事者の声を通して初めて人々は聞きました。そして自分たちが悪法に加担して、彼女をさらに苦しめていたことを思い知らされました。人々は悔い改めました。当事者の言葉に力があります。この言葉を公にするという目的で、イエスは彼女を人前にあらわにしたのです。
被害当事者にとっては酷な要求です。本当は社会の多数派や力を持っている者が先に気づいて、彼女の人生に関わって「安全網」を設けておくべきだったのです。現在でも似たようなことはありえます。ヘイトスピーチ被害者がさまざまな書類を用意して、自分の被害を立証しなくてはいけない場合とよく似ています。加害行為の「負担の軽さ」との不均衡は不平等です。未熟な社会にあって、当事者が声を挙げる必要があることをイエスは認めています。そして彼女の勇気を評価し、法律的に今も汚れていることは何も言わずに、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」(48節)と優しく語りかけたのです。彼女の信は、奇跡的治癒を信じただけではなく、苦しみを公表したという行為も含みます。彼女の声は、かつてハンセン病だった男性の支持を得たことでしょう。信頼の輪が広がり安全の傘が大きくなっていきます。イエスの要求は「あなたの信を社会への信頼まで広げよ」ということです。
今日の小さな生き方の提案は、世の中への信頼を持つことです。政治不信・社会不信は確かに深刻ですし批判精神も大事です。しかし、「知らない人に挨拶もするな」(関係の断絶)や、「泣き寝入りの方がまし」(関係への諦め)という人間不信の風潮は問題です。勇気を出して当事者として声を上げることや、寄り道をしても当事者の声を聞き、人と関わる開放性が求められています。すべての人が安心して歩める世の中を共に作り出していきましょう。