ちょうどそのとき、ファリサイ派の人々が何人か近寄って来て、イエスに言った。「ここを立ち去ってください。ヘロデがあなたを殺そうとしています」(31節)。神の国には多様な考えを受け入れる寛容な者は誰でも入ることができると教えたそのちょうどそのとき、ファリサイ派の何人かが神の国の中へと入って来ます。一方でイエスは、「全体としてのファリサイ派」から激しい敵意と殺意を抱かれていました(11章53-54節)。イエスが厳しくファリサイ派を批判しているからです(5章27節-6章11節、11章37-52節)。他方で同じイエスは、ファリサイ派の個人から食事の招待をしばしば受けています(7章36節、11章37節、14章1節)。
イエス・キリストの始めた宗教改革の一面がここに示されています。それは、人を所属する団体から引き剥がし、個人とすることです。人は社会的存在です。特に何らかの排他的な結社に加わっている人にはその結社が個人の自由を縛ります。政治団体や宗教団体は一般に、組織への強い忠誠が要請されます。
ファリサイ派とは正に強い求心力を持つ宗教・政治結社の一つです。その結社全体を批判することで、イエスは結社に属する一人ひとりの良心に働きかけます。「あなたは神の前でどのように生きるのか」。イエスは個人を神の前に立たせます。ファリサイ派である前に、一人の人間なのです。
同じことが「ヘロデ派」にも言えます(マルコ3章6節)。ヘロデ派は、ガリラヤの四分封領主ヘロデ・アンティパスの率いる政治結社です。ヘロデ大王の息子です(母親はサマリア人)。ローマに留学して統治や土木の技術を学んでいた彼は、政治的手腕は優れていたので兄弟の中で最も長く統治することができました。例えばユダヤ人を刺激しないようにガリラヤ地方の貨幣には肖像画を彫り込まないで、植物を浮き彫りにするなどをしました。「偶像」嫌いのユダヤ人への配慮です。紀元前4年の大王の死から紀元後39年まで、ガリラヤ地方とペレア地方を統治しました。正にイエスの生涯と重なる時代の領主です。
ヘロデはバプテスマのヨハネを殺害しました。民衆の人気が高いことは反乱の芽となるからです。同じように人気の高い、奇跡治癒者であるイエスを警戒しました(9章9節)。ガリラヤ地方は反ローマ帝国の気風が強く「熱心党(ゼロテ派)」(6章15節)の発祥の地でもあります。ゼロテ派も政治色の強い宗教結社です。13章1節のローマ総督ピラトの弾圧は、使徒言行録5章37節の「ガリラヤのユダの反乱」と関係があるかもしれません。ヘロデ派は、ゼロテ派を弾圧し、反ローマ帝国・反領主ヘロデの反乱の芽をつぶすためにある政治結社です。イエスの弟子の中には熱心党のシモンがいました。イエスはバプテスマのヨハネの親戚でもあります(1-2章)。ヘロデ派もイエス殺害を組織決定しています。
ルカ福音書は「ヘロデの家令クザの妻ヨハナ」がイエスの弟子となって一行に加わっていることを報じています(8章3節)。ヨハナは、個人として神の前に立たされ、イエスに従うことを選んだヘロデ派の女性です。熱心党のシモンもゼロテ派でありながら、個人としてイエスに付き従っていたのでしょう。イエスの周りにできた神の国は、そのような枝ぶりの良いからし種の木であって、さまざまな鳥が巣をつくることができました(13章19節)。今日の言葉で言えば神の国運動は「ネットワーク」なのです。
組織の縛りが強い集団に対して、ネットワーク型の運動は恐怖を与えます。人を規律で縛らない自由が社会に何を及ぼすのかを想像できないからです。ファリサイ派とヘロデ派がそれぞれにイエス殺害を組織決定し、協力して成し遂げることを両組織間で約束していました(マルコ3章6節)。31節の「ファリサイ派の人々」は自分の属する組織には内緒で、そしておそらくクザの妻ヨハナの仲介で、イエスを逃がそうとしたのです。もちろん表立ってファリサイ派を辞めたり、「党議拘束」に反対したりはできません。人間の社会には必ずしがらみがあります。組織を裏切らない範囲・自分の出来る範囲で個人の良心に恥じない行動を取ったということです。
「ここを立ち去ってください」という忠告は、おそらく「今は隠れてください。ヘロデ統治下のペレア地方を出てサマリア地方に逃げてください」という意味です。「ここ」はヘロデが統治するガリラヤ地方ではないでしょう。エルサレムを目指してガリラヤ地方を出た一行が、ガリラヤ地方に戻っているとは考えにくいからです。同じヘロデの支配するペレア地方から出たほうが良い。ただし「イエス一行がエルサレムのあるユダヤ地方に行く」という選択肢は、忠告した人々の想定の外だと思います。エルサレムはファリサイ派と神殿貴族であるサドカイ派の本拠地であり、ローマ帝国の代官・残酷な統治者であるローマ総督ピラトが常駐していたからです。
そこでイエスは答えます。「行って、あの狐に言え。見よ、私は悪霊を追い出し、治癒を貫徹する。今日も明日も。そして三日目も全うする」(32節。田川建三訳)。新共同訳は動詞「貫徹する」を訳出していません。また三日目だけを特別視しているので文法上問題です。「貫徹する」と「全うする」は同じ意味の動詞の繰り返しです。悪霊祓い・治癒という自分の仕事を一日ずつ毎日貫徹するということをイエスは伝言せよとイエスは言っています。ヘロデがどうあれ、自分は自分の道を今日も明日もその次の日も歩むというのです(33節)。
キリスト者は「三日目」という言葉に敏感に反応しがちです。三日目の復活という教理があるからです。しかし、ここは過敏にならない方が良いでしょう。一日、二日、三日と天地創造の仕事を一日ずつ貫徹して全うし続けた神の姿と重ね合わせる方が素直な読み方です。
どんな人にも、神から与えられた、その人固有の仕事があります(ドイツ語Beruf職業/召命の意)。誰がなんと言おうと、それを地道に貫徹すべきです。イエスにとってそれは、悪霊祓い・治癒行為でした。4章から始まる活動の報告は正にその通りです。そこに民衆からの人気の源泉があったのでヘロデ派から嫌われました。またそれを安息日まで行ったのでファリサイ派から嫌われたのでした。「自分の道を歩む」イエスに、わたしたちの模範があります。イエスもまた個人として神の前に立ち、自分が信をおく神に従っていました。「自分の道を歩む」イエスの背中に共感を覚える個人が、イエスの周りに東からも西からも集まってきたのでした。いやいや付き従わせられる弱さよりも、自由意思に任せる方が困難な時に強いのです。結社よりもネットワークは結束力が弱いけれど、真の意味では強いという逆説がここにあります。
イエスはエルサレムに向かう決意を改めて示します(33節後半)。ある意味で忠告に従いヘロデ統治下のペレア地方からは立ち去りますが、別の危険が予想されるユダヤ地方のエルサレムへ向かいます。エルサレム行きの理由は、「死を覚悟してでもなすべき行為のため」、「預言者として殺されるため」です。
マタイ福音書は23章37-39節に、「エルサレム、エルサレム・・・」以下のイエスの嘆きを置きます(34-35節)。マタイの場合、エルサレム入城の後の発言です。だから、エルサレムを目の前にして、エルサレムに呼びかけているのがマタイ版のイエスの嘆きです。それに対してルカ版のイエスは、ペレア地方から実際には見えていないエルサレムに向けて嘆きます。
この編集結果によって、35節の意味が変わります。「主の名によって来られる方に、祝福があるように」という時は、マタイの場合は「世の終わり時」を指しますが、ルカの場合はこの後の「エルサレム入城の時」を指します。「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。天には平和、いと高きところには栄光。」(19章38節)と、エルサレムの人々は、イエスのエルサレム入城の時に歓迎しています。13章の預言が19章で実現しています。
そこで、エルサレム入城の「時が来るまで、決してわたしを見ることがない」(39節)は、当たり前のことを言っているだけになります。まだエルサレムにたどり着いていないイエスを、エルサレムの人々は決して見ることはないでしょう。こういう「物語のほころび」を露呈してでもルカが言いたいことは、エルサレムに一旦入ったイエスを、エルサレムの人々はずっと見ることができるということです。そこでイエスは殺され、よみがえらされ、弟子の前に現れ、天に上げられます。そしてイエスの霊が遣わされ、エルサレムで最初の教会が創設されるからです。「ルカのエルサレム中心主義」と呼ばれる主張です。ヨハネ福音書21章が、ガリラヤ地方での復活のイエスとの再会を丁寧に語ることと対照的です。
「お前の家」(39節)はエルサレム神殿(主の家)のことを指します。サドカイ派が本拠としているエルサレム神殿は、物理的にそのまま存在しているけれども実質的に捨てられるのです。実際初代教会の指導者ペトロもヨハネも神殿にお参りをしながら教会生活をしています(使徒言行録3章)。ネットワークだからそのような二重性がありうるわけです。神殿は重要だけれども絶対ではない、神自身ではないという立場で教会は創設されました。個々の構成員は、ファリサイ派・サドカイ派・ゼロテ派・ヘロデ派・エッセネ派(バプテスマのヨハネ)等々、様々な別の党派的背景を持ちながら、キリスト者であることもできたのです。エルサレムでイエスは見られるからです。キリスト教とユダヤ教正統という形で分岐がはっきりするのは後の時代のことです。
エルサレム教会の有り様は、旧約聖書の示す神が行おうとした「神の国」の形成とは異なる姿です。かつて神は、めん鳥が雛を集めるように神の子らを集めようとしました(38節)。ここでは神が女性の姿をとっています。それはジェンダー論で言う「母親らしさ」を批判するためです。パターナリズム(庇護主義)と呼ばれる「父親らしさ」を批判するためとも言えます。手をかけて先回りしてお世話をする、その代わりに自分の言うことを絶対的に従わせようとする、反抗する意思の芽を摘む。自分の翼の下に居る者にのみ安全を提供する庇護主義が問題です。アメリカの傘の下も同じです。「雛が自分の道を歩む」ことを邪魔するから問題です。
神がこのような子育てをしたことを理由の一つにして、神の子らであるイスラエル・ユダヤ社会は選民思想という歪みを持ってしまいました(申命記32章11節)。庇護主義によって育てられた者は、保護者にいやいや従っているだけなので不満を内に持ちます(15章15-32節)。自分の意見を持ちにくいし、自分の意見を持っている人を嫌います。預言者たちを殺すエルサレム権力者・住民の有り様は、神に責任の一端があります。だから神は責任を果たすためにエルサレムの代わりに神の子イエスを棄て、よみがえらせエルサレムで新しい道を切り開きます。民族を超え救われたと信じる一人一人が自分の意思で集まり、それぞれ自分の道を歩むという「神の国」の始まりです。
今日の小さな生き方の提案は、自分の道を歩むということです。そうすれば他人のことも気にならないはずです。イエス・キリストによってわたしたちは各自がばらばらに神の前に立たされています。そこで本心に立ち戻って、毎日地道に自分のなしたいことを全うしましょう。組織より個人が先です。