イエスは主 使徒言行録2章29-36節 2020年10月18日 礼拝説教

29 兄弟である人々よ、あなたたちに向かって族長ダビデについて堂々と語ることは許されている。なぜなら彼は死に、葬られ、彼の墓は私たちの中に今日に至るまであるのだから。 30 そこで(彼は)預言者であるので、神が彼に誓いでもって彼の腰の実から彼の王座の上に座ると誓約したということを知って、 31 予見しながらキリストの復活について彼は語った。すなわち「彼は陰府の中へと棄てられることも、彼の肉が腐敗を見ることもない」と。 

 ペトロはダビデのことを「族長」(29節)とも呼び、「預言者」(30節)とも呼びます。外国人でもダビデがイスラエルの王だったことを知っています。ペトロはダビデが王だったことをあえて無視して、別の肩書を付けています。その意図を探ります。

 「族長」は、アブラハム・イサク・ヤコブを指す言葉です。広げれば、ロト・サラ・ハガル・ケトラ・イシュマエル・リベカ・レア・ラケル・ビルハ・ジルパ・エサウをも指すことができます。さらに、部族の始祖という意味ではヤコブの十二人の息子やディナ・マナセ・エフライムをも意味します。十二部族の連合体をイスラエルと呼びます。ダビデは族長ユダの子孫(ユダ部族)なので、族長ではありません。しかし統一イスラエル王国の王です。あえて族長としているのは教会が「新しいイスラエル」であることの強調でしょう。教会においては、人間の王はいません。人間の王はしばしば「神」になりかわるので、教会には不要です。復活のイエスだけが王です。

 「預言者」は族長だったアブラハムのもう一つの肩書です(創世記20章7節)。この箇所の預言者が族長の同義語という可能性もあります。しかし「予見しながら」(31節)とも言っていますから、未来を予知する「先見者」という意味でしょう。旧約聖書に登場するダビデは決して先見者ではありません。王です。家臣の中に政策顧問として先見者・預言者がいますがダビデ自身は預言者ではありません。ここにも教会に必要なのは王の権力ではなく預言者の知見・先見・見識なのだという主張があります。

 詩編16編の解釈でペトロは、ダビデとイエスを取り替えました。イエスを詩編16編の作者にし、「あなたはわたしを陰府に棄てない」とイエスが神に語ったという設定に変えました。ここでペトロはさらに同じ聖句を堂々と読み替えます。「彼(イエス)は陰府の中へと棄てられることもない」というように、主語を自由自在に変えています。おそらくダビデとイエスを交替させたままにすると不都合が起ることに話しながら気づいたのでしょう。ダビデの墓はエルサレムにあり、彼が決して復活して天に昇っていないということが、すべての人に明らかだったからです(29・34節)。説教者ペトロの嫌な予感(自分の言葉に対する疑い)については後でまた取り上げます。

こうしてペトロは詩編16編を、「神がイエスをよみがえらせたことをダビデが予見していた」ことの根拠にします。直前に自分で決めたルールを、すぐさま変えることを、同じ聖句詩編16編で行うことに驚きます。ペトロは聖書を引用しながら、まったく聖書に縛られていません。神の言葉としての聖書の権威(エクスーシア)というものはどこへ行ったのでしょうか。

 聖書に対する自由な態度が初代教会の特徴です。かなり大胆な解釈をも公然と堂々と語ることすら許されているとペトロは確信しています(29節)。文字は殺し霊は生かす。権威(エクスーシア)は、「権利」や「自由」をも意味します。旧約聖書を自由に復活のイエスの証言として読む。この大胆さ(自由)を聖霊が与えました。教会のユダヤ教からの分岐は聖霊の業、聖霊に対する信仰です。最初の二十年、教会には新約聖書がありませんでした。それでも十分彼ら彼女たちは信仰生活を送ることができました。旧約聖書を自由に用いる説教が、会堂での聖書朗読に代わる礼拝のかたちだったからです。

32 このイエスを神はよみがえらせた。私たち全てはそのことの証人である。 33 それだから神の右に(彼は)挙げられて、父からの聖霊の約束を(彼は)受けながら、これを彼は注いだ――それをあなたたちは見ているし聞いている――。 34 というのもダビデは天の中へと昇らなかったからだ。一方彼自身は言っている。「主は私の主に言った。『あなたは私の右側に座れ。 35 私があなたの敵たちをあなたの足の足台に置くまで』」。 

 32節に教会の仕事が要約されています。神がイエスをよみがえらせたということを証言することが、教会のつとめです。このことは36節との関連で後で申し上げます。

 33節はイエスが神の右にいるという信仰(使徒信条等)の根拠です。しかし、25節の解釈と矛盾します。25節によれば、神(主)がイエス(わたし)の右にいるはずです。ここでもペトロは直前の自分の話を任意で覆しています。そのために詩編110編1節を引用します(34節)。キリストは神の右にいるはずなのです。110編によって16編を打ち消します。

さて詩編110編1節は、キリストがダビデの子孫ではないことの根拠に用いられます(ルカ福音書20章41-44節)。イエス自身が語った権威ある旧約聖句解釈として、当初から広く受け入れられていたものと推測されます。ダビデ自身がキリストを「わが主」と呼んでいるのに、なぜメシアがダビデの子(格下という意味)なのかという具合に、イエスは論敵たちを黙らせました。当時の「ダビデの子である政治的メシア待望」に対して、イエス自身が「私はダビデのような政治的王にはならない」と決意している言葉です。34節もその意味で使っています。ところが直前の30節でペトロは、キリストはダビデの子孫だからダビデの王座につくという考え方を表明しています。

 自由奔放な解釈を旨としているペトロでさえ、30節を語りながら「これは拙い」と思ったのでしょう。イエスがダビデの子であることを肯定的に語ることは、イエス自身が生前語っていた言葉に反する内容だと、ペトロは気づきました。「ダビデをあまり持ち上げてはいけない。ダビデは天に上らなかったし、地上の王として軍事力による平和を打ち建てただけの人物だ。力による支配はイエスの語る神の支配(神の国)とは逆方向だ」。こうして、直前の自分の言葉を打ち消すために詩編110編1節が引用されます。ダビデを、族長・預言者・キリストの先祖と褒め上げることは、教会の信仰の内容を歪めてしまうのです。イエスはダビデの子ではありません。世襲の政治的メシアではありません。ユダヤ人のためだけの救い主ではないのです。

 もしペトロが現代の神学校で旧約聖書学や説教学を履修したら落第することでしょう。釈義・解釈の方法が揺れ、論旨が一貫していないからです。おそらく「イスラエルの人々よ」(22節)という絞り込んだ呼びかけから、イスラエル民族の英雄ダビデを持ち出したのでしょうけれども、それによってダビデについて深入りし過ぎて、復活のイエスを論証するという初期の目的からどんどん逸れて行ってしまったのでしょう。

しかしながら逆から問うてみたらどうでしょう。現代の神学者や牧師や神学生が、あの時のペトロたちの立場に立った時に、初代教会を創設することができたでしょうか。彼ら彼女たちの言葉が論理的に無茶苦茶であっても、なぜ教会を建て上げることができたのでしょうか。それは結局、一つのことに真剣であったということに尽きます。大切なことは一つだけです。ペトロたち百二十人の老若男女は、ただ一つのことに集中していました。そこに人を集める求心力がありました。

36 それだから確実にイスラエルの全ての家に次のことが知らされよ。すなわち神がこのイエスを――彼をあなたたちは十字架につけた――主にもキリストにもした。

36節の言葉は、「このイエスを神はよみがえらせた。私たち全てはそのことの証人である。」(32節)と「その彼(イエス)を神は復活させた」(24節)の繰り返しです。この一点に関する真剣な訴え、誠実な態度、熱心な語りかけが、人の心を動かしたのです。よく考えれば、聴衆の大多数である外国人たちにはダビデのことや旧約聖書に何が書いてあるのか、それをどう読むのかは、あまり関心がないことでしょう。外国人たちはペトロたち百二十人が誰であるのかということや、ペトロの説教の結論だけが欲しいのです。母語で「イエスが主だ」という賛美をエルサレムの街中で聞く理由、それを知りたくて集まったのです。「イエスが主だ」という告白は、真剣に聞く価値のあるものなのかどうかを知りたいのです。

 「ナザレのイエスの弟子であるわたしたちガリラヤ人も、またユダヤ人も外国人も含めエルサレムに住むすべての人が、五十日前にナザレのイエスを処刑する側に回り、十字架で虐殺した。神はイエスを三日目に復活させ、わたしたちの前に現れさせた。わたしたちはそのことの目撃証人である。復活のイエスがわたしたちの罪を赦した。わたしたちも悔い改め謝った。それによってわたしたちは救われた。神は四十日目にイエスを天に挙げ神の右の座に(ダビデの王座ではなく)就かせ、主としキリストとした。イエスは五十日目に自分の霊をわたしたちに注いだ。わたしたちは永遠の命の霊が注がれた当事者である。聖霊はわたしたちに『イエスがわたしを救った』と告白する勇気を与えた。また、この聖霊が不思議な力で『イエスこそ主』というわたしたちの賛美と信仰告白を、あなたたち一人ひとりの母語で聞かせている。」

 ペトロの伝道説教は今まで見てきたように色々な意味で下手です。イエスの言葉のような切れ味もありません。しかしそれを補うものがありました。真剣さ・誠実さ・熱心さです。脇道に行きかけては、「神が復活させたイエスが主である」という本筋に何度も戻るのです。ペトロは特段雄弁ではないでしょう。パウロも雄弁ではありません。初代教会でアポロという人以外は雄弁さを特筆されている指導者はいません。教会を建てたものは素朴・朴訥な信です。それを伝える真剣さ・誠実さ・熱心さです。これこそ聖霊が、世界や自分自身に失望する彼ら彼女たちに与えた賜物です。

 今日の小さな生き方の提案は、戻ってくるところのある聖書の読み方です。キリスト教は当初正典宗教とは言えないぐらい「神の言葉」を自由に解釈していました。その自由がキリスト教の魅力です。戒律に縛られない個人の自由こそキリスト教の救いです。しかし、一つのことが錨となり原点となった上での自由です。どんなに軌道を外れても、「わたしが十字架で殺したイエスを神がよみがえらせ、主としキリストとした」という点に必ず戻らなくてはキリスト教徒として聖書を読んだということにはなりません。十字架と復活の信仰に戻りつつ聖書を読みましょう。

 教会を建てるものは、「イエスこそ主」という素朴・朴訥な信です。そのことを、実にそのことのみを誠実に・真剣に・熱心に隣人に伝えたいと願います。伝え方は自由です。雄弁かどうかは関係ありません。言葉によらないことすらありえます。聖霊がさまざまな仕方で、聞き手に届く形にしてくださいます。素朴な信が授けられるのを願いつつ聖霊を求めましょう。