27 さて七日が満たされようとした時に、アシアからのユダヤ人たちはその神殿の中で彼を見て、彼らは全ての群衆を混乱させ続けた。そして彼らは彼の上に手を伸ばした。 28 (彼らは次のように)叫びながら、「男性たちよ、イスラエル人たちよ、あなたたちは助けよ。この男性はその民とその律法とこの場所とに逆らう人物だ。あらゆるところであらゆることを教えながら。さらに加えて彼はギリシャ人どもをその神殿の中へと連れ込みもした。そして彼はこの聖なる場所を汚してしまった。」 29 というのも彼らはエフェソ人トロフィモをその町の中で彼と共に見てしまっていたからである。その彼を、パウロがその神殿の中へと連れ込んだと彼らは思いこみ続けていたからである。 30 その町全体が動かされた。そしてその民の殺到が起こった。そしてパウロが取られて、彼らは彼をその神殿の外に引きずり続けた。そしてすぐに諸々の扉が閉ざされた。
エルサレム教会の長老たちの求めに応じて(23-24節)、教会員4名と共にパウロはエルサレム神殿に行きナジル人(神への献身を誓った人)の誓願を立てます。イエスはあらゆる誓願を禁じています(マタイ福音書5章33-36節)。キリスト者に誓いは不要です。常に自分の良心に従って「然り」か「否」かを決めることができるからです。自由に自らの言動を変更できるのです。パウロはこの自由について不十分ですが(18章18節での誓い)、エルサレム教会はさらに不自由です。大祭司・神殿の権威、誓願という習慣に縛られています。積極的にユダヤ教正統の一部であろうとしています。
誤って死体を触れたナジル人が改めてナジル人になるための清め期間である「七日が満たされようとした時に、アシアからのユダヤ人たち」(27節)が神殿の中でパウロを目撃します。「アシア」は小アジア半島の西側、エフェソを首都とする地域です。19章18節で、パウロに反対する会堂のユダヤ人たちが登場しています。おそらくその時にパウロと論争をし、反目し合っているユダヤ人たちが、ペンテコステ(五旬祭/七週の祭)の巡礼のためにエルサレムに来ていたのでしょう(20章16節)。おそらく彼らはパウロの顔だけではなく、ティキコとトロフィモというエフェソ教会代表の顔も知っています(20章4節)。エフェソ以外の土地でもパウロは、会堂に行って論争するという伝道手法のために、その土地のユダヤ人たちから毛嫌いされています(13章45節、14章2-5・19節、17章5・13節、18章12節)。エルサレム教会員が聞いたパウロに対する噂の一部は正しい情報です(21節)。
彼らは、神殿の外のエルサレム市街で、パウロとトロフィモがギリシャ語で話しながら歩いているところを見かけていました。ペンテコステの頃ですから、さまざまな地域からの巡礼者で町中がごった返しています(2章5-11節)。ギリシャ語を話す諸教会代表団も目立たないはずです。その雑踏の中でパウロとトロフィモを見分けるのですから、よっぽどの恨みがあるのです。
「見てしまっていた」(29節)は完了時制、過去に見た効果が現在まで続いている時の表現です。彼らは「パウロとトロフィモをエルサレムで見た」という残像を、エルサレム神殿の中で再び見かけるこの時まで、脳裏に刻み付けていました。そして彼らはもう一度パウロを見かけたら必ず群衆を扇動してパウロを私刑にすると決めていました。ついにその機会がやって来ました。彼らは企んでいた陰謀通りの行動に出ます。
「男性たちよ、イスラエル人たちよ、あなたたちは助けよ。この男性はその民とその律法とこの場所とに逆らう人物だ。あらゆるところであらゆることを教えながら。さらに加えて彼はギリシャ人どもをその神殿の中へと連れ込みもした。そして彼はこの聖なる場所を汚してしまった」(28節)。「その民」は神の民イスラエルのこと、「その律法」はモーセ五書のこと、「この場所」「聖なる場所」はエルサレム神殿のことです。当時のユダヤ人が大切にしている三つです。選民思想(神の民)・正典(神の言葉)・神殿(神の家)、一つにまとめていえば「神の名をみだりに唱えることによる権威主義」です。
「男性たちよ、イスラエル人たちよ、あなたたちは助けよ」とは示唆深い言葉です。「あらゆるところ」に離散したユダヤ人たちの中で正統を自認する者たちは、パウロ系列の教会の主張に本当に苦しめられていたのだと思います。国際的なナザレ派は、ユダヤ人の選民思想や、旧約聖書の伝統的な解釈を根本的に批判しているからです。もはやユダヤ人もギリシャ人もない、割礼の有無は関係ない、男と女もない、と。「あらゆることを」自由に解釈するナザレ派は脅威です。エルサレム神殿という正統のお膝元であれば、有効にナザレ派に反論できるはずです。エルサレム神殿は内部で区切られており、女性や非ユダヤ人が入ることが許されない区域があったからです。そして神殿を冒涜するユダヤ人は殺されなければならないからです。まさにナザレのイエスのように(マルコ14章58節、15章30節)。またステファノのように(6章11-14節)。パウロの受難はイエスとステファノの延長線にあります。
「彼はギリシャ人どもをその神殿の中へと連れ込みもした」(28節)はデマです。デマ/嘘というものは、一部真実であると信頼されやすいものです。語る者が確信をもって語るからです。トロフィモはギリシャ人ではなく「エフェソ人」(アシア人)です(29節)。しかしそのような正確な事実はどうでもよく、ギリシャ語を話せば「ギリシャ人ども」と一くくりに差別して良いと考えているのです。個別ばらばらな存在である個人を束ねてくくることは差別の一形態です。非ユダヤ人の使徒パウロは「ギリシャ人ども」と同じです。
エルサレム神殿には「イスラエルの男子の庭」「女子の庭」がありました。非ユダヤ人は「聖域」に入ると死刑に処されたそうです。そのように記された警告文が発掘されています。明確な性差別・民族差別です。パウロはこの時男性ユダヤ人だけが入ることのできる「イスラエルの男子の庭」区域にいたと思われます。だから当然そこには、フィリピ人ルカ、ベレア人ソパトロ、テサロニケ人アリスタルコとセクンド(以上ギリシャ人)、エフェソ人トロフィモとティキコ、デルベ人ガイオとテモテ(母親がユダヤ人で父親がギリシャ人)は、居ることができません。彼らは神殿の外でパウロと待ち合わせをしていたのでしょうか。
「その町全体が動かされた。そしてその民の殺到が起こった。そしてパウロが手を伸ばされつつ、彼らは彼をその神殿の外に引きずり続けた。」(30節)。パウロは巡礼者たちも含む大勢の人々により町全体を(「神殿の外」)引きずり回され続けます。関東大震災の時に多くの朝鮮半島出身者、社会主義者、全く関係のない行商人等がデマにより虐殺されたことを思い出させる記事です。日頃の差別意識が何らかの「危機」の際に暴発し、一般の民が私刑・虐殺に加担します。恐ろしい光景に立ちすくみ逃げまどい、諸教会代表団はパウロを助けることができません。遠くから見守るか、ムナソンの家に逃げ帰るかしかできなかったことでしょう。
31 それから彼を殺すことを求めたので、エルサレム全体が混乱し続けているとの報告が、その部隊の千人隊長に上がった。 32 彼は直ちに兵士たちと百人隊長たちを引率して、彼らの上に駆け下った。さてその千人隊長と兵士たちを見た者たちはパウロを打ち続けることを止めた。 33 その時近づいてその千人隊長は彼を取った。そして彼は二本の鎖で縛るように命じた。そして彼は彼が誰であるのか、また彼がしてしまったことが何かを問い続けた。 34 さてそれぞれがそれぞれ別のことを群衆の中で叫び続けていた。さてその騒音のために彼はその信頼すべきことを知ることができなくなって、彼は彼を軍営の中へと連れて行かれるように命じた。 35 さて彼がその階段の上に生じた時に、彼が兵士たちに担がれるということが起こった。その群衆の暴力により。 36 というのもその民の多数が、「あなたは彼を除け」と叫びながら従い続けていたからである。
ローマ占領軍は五つの「部隊」(500名以上からなる)をユダヤの地域に駐屯させ、四つがカイサリアにおかれ一つがエルサレムに置かれていました。エルサレム神殿北西部に隣接した「アントニアの塔」に「千人隊長」が監視をしています。暴徒たちはパウロを引きずり回しながら、ローマ軍にパウロの処刑を求めます。報告を受けた千人隊長は、少なくとも二つ以上の百人隊(数十名からなる)を引率して、塔から「駆け下った」(32節)のでしょう。100人以上のローマ兵が来たので暴徒たちはパウロから離れます。パウロはローマ占領軍の介入によって命を救われます。それまでは人々によって引きずり回され殴られ続けていたのです。
パウロの身体を確保した千人隊長は尋ねます。「彼が誰であるのか、また彼がしてしまったことが何か」(33節)。報告をした部下に尋ねたのでしょうけれども、周りを取り囲む暴徒たちが大声で滅茶苦茶なことを叫びたてるので、まったく聞こえません。そこでアントニアの塔へと連れ上がることにします。暴徒たちは「あなたは彼を除け」(36節)と叫びながら、またさらなる「暴力」(35節)をパウロに振るいながら、ついて来ます。ちなみにこの「除け」はイエスの十字架刑を要求する暴徒がピラトに叫んだ言葉と同じです(ルカ福音書23章18節)。暴徒の暴力を避けるため、ローマ兵たちはパウロを担ぎ上げて保護をしなければなりません。
奇妙な光景です。イエスはローマ占領軍によって公式に十字架で処刑されました。ステファノは(パウロも加担したのですが)ユダヤ人政府の裁判に基づく石打の(私)刑によって虐殺されます。パウロは離散ユダヤ人の扇動によってどさくさ紛れに私刑で殺されそうになりますが、ローマ占領軍がその命を救います。三人の受難物語は少しずつ色合いが異なります。しかし、一貫していることがあります。一般の人々の暴徒化が、この三人を殺そうとする時の推進力になっているということです。著者ルカは明確にこの一貫性を意識しています。罪とは何か。群集心理です。集団を守ろうとする時、集団外の人を攻撃しても良いと考えることです。罪の悔い改めとは、流される生き方を方向転換することです。私たちをこの罪から救うために、イエスはこの罪の仕業で殺され、この罪を覚えさせながら(裁きながら)、この罪を赦し、この罪からの方向転換の道を示したのです。神と人を愛する個人としてくださったのです。
今日の小さな生き方の提案は、集団に流されやすくそのために「犠牲の羊」を生み出しやすいわたしたちの罪を悔い改めることです。誰にでもある弱さであり悪さです。イエスの十字架は罪の真相を教えます。復活のイエスはわたしたちの罪を赦し、新しい生き方を授けました。集団心理を疑う理性、然りを然り否を否と言う自由、境界線を設けて内外を区分しない寛容さ、支配と被支配の関係を打ち破る平等性。共に礼拝しながらも、決して群れないことが大切です。多くの情報はわたしたちを流そうとしています。その時「もしかすると罪に加担しているかもしれない」と気づくことができる個人となりましょう。