そして今 使徒行録20章22-31節 2023年7月2日礼拝説教

22 そして今、見よ、私は霊に縛られたまま私はエルサレムの中へと行く。その中で起こるであろう事々を知らないまま、 23 その聖なる霊が町ごとに私のために証言していること以外には、曰く、「鎖と苦難が私を待っている」と。 24 むしろ私には私自身のためにその生命(のこと)を言葉にする価値がない。その結果私の行程は完了する。また主イエスによって私が受け取った、神の恵みの福音を証言するという奉仕は(完了する)。

 パウロの「告別説教」「別れの挨拶」の続きです。エフェソ教会の長老たちにミレトスまで来てもらい、その彼ら彼女たちにパウロは語りかけています。22節と25節の冒頭に、ヘブライ語の言い回しに由来する「そして今、見よ」が繰り返されています。おそらくこれはパウロの口癖でしょう。その場にいたルカの記憶に鮮明に残っていたのです。パウロは力を込めて語る時に「そして今、見よ」と言い、この場面でも使っているのです。今生の別れの場面ですから、ヨハネ福音書13-16章のイエスの告別説教と重なります。

 18節の「あなたたち、あなたたちは知っている」を受けて、今度はパウロが「私の知っていること」をエフェソ教会の人々に告げます。それこそ力を込めて言い残したいことがらです。22-23節は回りくどい表現でパウロが知っていることが言われています。「~以外には」「知らないまま」ということは、逆から言うと「~だけは知り続けている」という意味です。つまりパウロは、エルサレムに行くと「鎖と苦難が私を待っている」ことだけは知り続けているというのです。

 「聖なる霊」、十字架のイエスの「」がパウロを縛っています。その霊に突き動かされて、パウロ系列諸教会の寄付がエルサレム教会に届けられるのです。霊がイエスをエルサレムへ、十字架へと後押ししたように、パウロをもエルサレムへ、鎖と苦難へ、つまり逮捕・監禁・裁判・処刑へと後押しします。パウロはイエスのように殺されることを覚悟しています。22-23節にはパウロの力みが見て取れます。

 一転して直後の24節は冷静な語りかもしれません。熱狂的な自分を少し遠くから突き放してみているように読めます。私たちも熱くなっている時ほど一歩引いた方が良いかもしれません。「その生命(プシュケー)」はイエスの生命なのかパウロの生命なのかが実は曖昧です。イエスの生命であるならば、元迫害者パウロの謙遜が現れています。自分はキリスト自身でもあるエルサレム教会員の生命を害していたのだから、キリストの福音・イエスの十字架と復活という生命について語る資格が無いという謙遜です。ありえることです。言葉にする価値の無い者がせめてものという思いで献金を捧げるという図です。

 「その結果」自分の生涯の走りが完了し、語らないということによって神の恵みという福音の証言が十全に明らかにされます。パウロ自身の権威や偉大さではなく、無条件に迫害者が赦され人生が変わるという「福音」が世界に露わにされます。福音は有名な人の名説教によってではなく、無名の信徒たちの無言の奉仕によって広められていくものです。

25 そして今、見よ、私、私は知っている。あなたたちは―――私がその中でその王国を宣教しながら巡り歩いた全てのあなたたちは―――、私の顔を二度と見ないであろうということを。 26 それだから私は今日の日においてあなたたちに証しする。わたしが全ての血から潔白であるということを。 27 というのも私は神の計画の全てをあなたたちに宣べ伝えるために自分を縮こまらせなかったからだ。 28 あなたたちはあなたたち自身と(羊の)群れの全てに注意せよ。それ(群れ)の中であなたたちを聖なる霊が神の教会を牧羊するために監督たちに定めたのだが。それ(教会)を自身の血を通して彼が確保したのだが。 

 思い直して再びパウロは力を込めて力説し始めます。鎖と苦難が待っているということは、これが最後の挨拶になるということです。「全てのあなたたちは私の顔を二度と見ないであろうということを」「私、私は知っている」。

 エフェソ教会員にとっては残酷な言葉です(38節参照)。多分パウロは20章1節でエフェソを旅立つ時には、教会員に対して「もう二度と会えないだろう」とは言っていなかったのでしょう。きっちりと挨拶していないことへの後悔から17節でエフェソ教会員を呼びつけるということになったと思います。もし1節でこの見込みを予告すると反対が多すぎて行けなかったかもしれません。挨拶のタイミングにパウロの躊躇が伺えます。

 二度と会えないけれども大丈夫であるという安心材料をパウロは続けて語ります。「あなたたちを聖なる霊が神の教会を牧羊するために監督たちに定めた」ので大丈夫というのです。パウロ系列の教会では教会内指導者を「監督(エピスコポス)」とも呼んで、内部で選出していたようです(フィリピ1章1節)。フィリピ教会員である著者ルカには「監督」という呼び方が染みついています。その一方で同じ意味で「長老」(プレスビュテロス)とも呼ばれています(17節)。両方の肩書がありえたのでしょう。後世、この二つの肩書は明瞭に分かれていきますが、紀元後1世紀には区分が曖昧であったと思います。パウロは自分がエフェソ教会を去る前に、指導者たちを複数人立てて内部の組織を安定させていました。「だから自分がいなくても大丈夫、退任する自分には責任がない(全ての血から潔白)」と、パウロは弁明しています。

 牧師の交代場面を彷彿とさせる言葉ですが、パウロの言い分にも一面の真理があります。教会は「神の教会」です。神が血を流して買い取った、「神のもの」です。会衆主義を唱えるバプテスト教会、信徒の教会・万人祭司を標ぼうしながら皮肉なことに「その牧師の教会」になりがちです。牧師交代のたびにその牧師の個性に流され、交代のたびに混乱が起こりがちです。本当は牧師が誰に交代しても安定して同様の活動がなされるように組織が固まっていることが望ましいものです。「個の自由」が強調され、教職制が無い(教役者の資格試験が無い・人事が各個教会の招聘によって決まる)バプテスト教会であるがゆえのジレンマかもしれません。

 ともかくパウロは「自分がいなくなるので、エフェソ教会員全員の牧会はあなたたちに任せた」という趣旨を長老たち・監督たちに述べています。「自分がいなくなるのも聖霊の促しによるし、あなたたちが立てられているのも同じ聖霊の任命による」というのです。聖霊の重視、聖霊には逆らえないというのが初代教会の共通認識です。主の霊が使徒を自由に持ち運び(8章39節)、聖霊が使徒を宣教へと特定の場所に派遣し(13章4節)、逆にイエスの霊に禁じられれば使徒もそこには行けません(16章7節)。聖霊を冒涜する言葉だけは許されない(ルカ12章10節)、その一方で聖霊によって堂々と「イエスが主」と裁判の場でも会堂でも証言できます(使徒4章8節)。

 ここでもパウロはヨハネ福音書13-16章におけるイエスの立場に成り代わっています。イエスは生身の体では二度と会えなくなるが、自分の代わりに弁護者・助け主が来るから大丈夫と弟子たちに約束しました。その弁護者・助け主が聖霊です。イエス=聖霊=弟子たちの関係が、パウロ=監督=エフェソ教会員の関係と重なっています。教会の中から立てられた監督たちが交代し合いながら教会員を世話する時に、聖霊がすべての教会員に宿り相互に世話をするという事態が起こります。

 だからパウロは「聖霊を信じなさい」と勧めています。「パウロに依存せよ」(卑下)でもなく、「自分たち自身を過信せよ」(傲慢)でもなく、聖霊を信ぜよ。一人一人に宿る復活のイエスの霊、孤独を感じる私たちを弁護し助けるインマヌエルの神、自由自在に私たちを持ち運び用いる主の霊を信じなさいというのです。

29 私、私は知っている。私の出立の後に、その群れを容赦しないままの抑圧的な狼たちがあなたたちの中へと入ってくるであろうということを。 30 そしてあなたたち自身から歪んだ事々を話す男性たちが自身を起こすだろう。彼ら自身の後ろにその弟子たちを引きずるために。 31 だからあなたたちは目覚めていよ。三年間夜と昼私が涙と共に一人一人を正すことを止めなかったということを思い出しながら。

 パウロはエフェソ教会が内外から揺さぶられることを予測しています。おそらく外側からの揺さぶりは既にパウロがいる時からあったのだと思います。当時、さまざまな系列の「ユダヤ教ナザレ派(キリスト教)」があったのは事実です。ペトロ系列、アポロ系列はコリントの信徒への手紙一にも言及されています(1章12節)。ユダヤ教正統の会堂もまた、ユダヤ教ナザレ派を吸収合併することができました。パウロが退任することで、エフェソ教会がパウロ系列でなくなる可能性はあります。特に、その路線転換が内側から起こる場合には、パウロは何もできません。彼には何らの不服を述べる権限もないし、口を出さない方が彼自身の品を保つでしょう。コリント教会移動後の介入は教会にもパウロにも良い結果をもたらしませんでした。パウロは「自分の退任は必然的に教会に変質をもたらす」ということを痛みつつ学びました。教会の変質が嫌ならば退任しなければ良いのです。

 この場にコリント教会代表者はいません。一年六か月も滞在した教会なのにもかかわらずです(18章11節)。一年六か月はパウロにとって二番目の長さです。その状況をパウロ自身が作出してしまいました。だから最長の三年間滞在したエフェソ教会代表者たちに対するパウロの助言は、「パウロの教えに固執せよ」ではありません。ただ象徴的に「あなたたちは目覚めていよ」と言い、教会員に自覚的な行動を促しているだけです。そして自分の「教え」を思い出すのではなく、涙と共に語り合っている自分の「姿」を思い出せと言っています。言葉・教理・理念ではなく、一人一人に向き合うことを止めない姿勢・行動、これこそが教会にとって重要であるということです。パウロは型を押し付けることを止めました。文字は人を殺し霊は人を生かすからです。

 今日の小さな生き方の提案は、聖霊を信じて謙虚に歩むということです。人は人生の終わりに大切なことを伝えて死んでいきます。パウロが殺したステファノは「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」とパウロのためにも祈りました。ステファノを思い出しながらパウロは、謙虚に「自分には命の福音を語る資格はない」とエフェソ教会員に言いました。他の使徒たちよりも多く働いたように見えても働いたのは神の恵み(無条件の赦し)そのものだから自分に誇るものはなかったのです。その上でパウロは「聖霊の導きを信じて自らも他者をも自由にしてほしい」と勧めています。聖霊に縛られ、聖霊に動かされ、聖霊に禁じられ、聖霊に励まされ、聖霊によって隣人と結びつけられ、聖霊によって隣人を解き放つ。この境地が伝道者としてのパウロの人生の到達点だと思います。わたしたちもまた、イエス・キリストが霊の体となって今ここにおられることを信じて謙虚に生き直してまいりましょう。