エルサレムの教会 使徒行録21章17-26節 2023年9月3日礼拝説教

17 さて私たちがエルサレムの中へと生じ、その兄弟たちは私たちを喜んで受け入れた。 18 さてその次の日に私たちと一緒のパウロがヤコブのもとへと入り込み続けた。その長老たちの全ても到着した。 19 そして彼らに挨拶して、彼は、神が諸民族において彼の奉仕を通してなした事々を、一つ一つ物語り続けた。 

 エルサレム教会員の中の国際派であるムナソンの家に泊まった後に、ムナソンに紹介されて、ルカ、パウロ、ソパトロ、アリスタルコ、セクンド、ガイオ、テモテ、ティキコ、トロフィモの九名はエルサレム教会の人々と礼拝を共にします。「その兄弟たちは私たちを喜んで受け入れた」(17節)とあります。教会員同士の交わりはとても良いものだったのでしょう。パウロ以外の教会代表たちにとって、アラム語でなされるほぼユダヤ人による礼拝は新鮮だったと思います。「アッバ」「マラナタ」などの礼拝用語が自然に使われていることは感動的な情景です。その一方で首をかしげることもあります。「主の晩餐」が簡略化され、ぶどう酒が用いられていない(またはぶどう酒を受け取らない信徒がいる)からです。家の教会の主宰者「主の兄弟ヤコブ」もぶどう酒を飲んでいません。

 一行は寄付金をエルサレム教会に捧げます。しかしヤコブは、「その話は明日いたしましょう」と言い、簡単なお礼だけで話を打ち切ります。パウロは顔を曇らせ自分の懸念が当たったように感じます。ローマの信徒による手紙15章28-33節には、パウロは募金(「奉仕」同31節)がエルサレム教会員に受け取られない危惧を述べています。

 エルサレム教会員の中には、パウロとテモテという割礼を受けている人とだけ交わる人もいます。しかしムナソンのように分け隔てなく交わる人もいます。ルカたちは敏感に排除の視線を感じます。礼拝を終えムナソンの家に帰り、次の日にもう一度ヤコブの家を一行は訪ねます。そこにはヤコブと教会の「長老たちのすべて」(18節)がいます。逆に言えば、そこに「十二使徒」は誰もいません。サマリア人とも、ギリシャ語話者の人々とも共に生きたイエスを生で知っている十二弟子(ペトロやヨハネ)も、復活の証人である女性たち(マグダラのマリアやイエスの母マリア)も、「やもめたち」もいません。

 エルサレム教会は民族主義的な色をさらに強めていました。ユダヤ教正統に気を遣いながら、迫害されないように教会という組織を守っていました。小アジア半島出身者やギリシャ出身者の「無割礼の者たちからの」献金を受け取ることには、教会内にも反発する人がいます。また、「無割礼の者たち」との交流を教会外(ユダヤ教正統)に知られることは避けたいと、長老たちは考えています。ヤコブもそこに同調しています。

 19節「奉仕」(ディアコニア)には「募金」の意味合いが込められています(11章29節「援助の品」と同語)。第三回伝道旅行の出発点はエルサレム教会への挨拶でした(18章22節)。エルサレム教会から募金集めの要請(約束を守るようにとの督促:ガラテヤ2章10節)がここで行われたのです。それに応じて各教会が献金を募り、こうして代表者たちがエルサレム教会に捧げます。その際に、自分の教会で起こった救いの御業を報告していきます。

20 さて彼らは聞いて、神を崇め続けた。それから彼らは彼に言った。「あなたは見ている、兄弟よ、ユダヤ人たちにおいて信じる者たちは何と数万人もいる。そしてすべては律法について『熱心党(ゼロタイ)』なのである。 21 さて彼らはあなたについて聞かされた。すなわちあなたが、諸民族の傍にいる全てのユダヤ人たちにモーセからの背信を教えている、と。彼らに『子どもたちに割礼を施すな、また諸慣習に従って歩むな』と言いながら。 22 一体それは何か。全ての場所で、あなたが来たということを彼らは聞くだろう。 23 それだからあなたは、私たちがあなたに言うこのことを、なせ。自分たちの上に誓いを持っている四人の男性が私たちにいる。 24 これらの男性たちを連れて行って、彼らと一緒に清められよ。そして彼らのために支払え、彼らがその頭を剃ってもらえるように。そうすれば全ての者たちは、あなたについて聞かされたことが何も無く、むしろあなたは整っておりまたあなた自身も律法を守り続けているということを、知るだろう。 25 さて諸民族のうちの信じた者たちについては、私たちは書いた。偶像たちによる諸汚染と血と絞め殺したものと近親相姦等とを彼らが(離れることを)守るようにと定めつつ。」 

 20節の主語は「彼ら」=ヤコブを含む長老たちの集まりです。彼らはユダヤ人であるパウロにだけ語り、その他の教友を数に入れません。そしてやんわりと諸教会からの献金をエルサレム教会は受け取らないという趣旨を伝えます。無割礼の人々が教会(ユダヤ教ナザレ派)に援助の募金をしてほしくない、そのことが外に知られてほしくないというものが本音です。

 「ユダヤ人で神を信じる者は大勢いる。わたしたちナザレ派も、神殿にいるサドカイ派も、各地にいるファリサイ派も。みな共通項である律法について熱心党だ。わたしたちはエルサレムで、この人々と共存したい。あなたについての悪い噂は信じるユダヤ人の間で響き渡っている。あなたが離散した同胞に対して、モーセに背け、子どもに割礼するな、昔からの諸慣習に従うな、と言っているという噂だ。そう見られている人からの献金は受け取れない。」

 何とも失礼な言い草です。自分たちが募金を督促したにもかかわらず、その募金を受け取らない、なぜならあなたが悪い噂を立てられているからだというのです。この発言はアラム語でなされているので、パウロだけが直接に理解し、その場で他の人々に(ある程度和らげて)通訳をします。ルカたちは非常に悲しい気持ちになりました。受理されないならば、カイサリア教会のフィリポたちの忠告通り、命がけで持参する必要もなかったからです。また、さかのぼってコリント教会とも熾烈な言い争いをする必要もなかったからです。

 憤然とする九名を前にエルサレム教会長老会は代案を提示します。「献金を受け取ることはできないが、その一部を今必要なことのために使わせていただきたい。教会員にナジル人の誓いを立てている者がいる。あなた自身もナジル人の誓いをこの際に改めて立てて、それらの費用を募金で賄い、さらに献金を神殿にしてはどうか。そうすれば神を信じるユダヤ人たちは全員(サドカイ派からナザレ派まで)あなたの敬虔さを信用するだろう。」

 この発言は政治的な決着を図ろうとする代案です。「募金は受理されなかったけれども有用に用いられた」と、諸教会代表団がそれぞれの教会に報告できるようにしてあげようというわけです。誓願の伝統にエルサレム教会の様子がうかがえる貴重な証言でもあります。というのもほぼ同時代の文書に、「主の兄弟ヤコブはナジル人の誓願を立てていた」という正統派の証言があるからです。士師サムソンの物語で有名な、一生涯剃刀を頭にあてないという誓い、それによって神への献身を示した人がナジル人です。少し掘り下げます。

 民数記6章1-21節に「ナジル人の誓願」規定があります。ナジル人になるとぶどう酒もぶどう汁も飲めなくなります(1-4節)。もしキリスト者であれば主の晩餐に参加できなくなるということです。髪が聖なるものとなり、髪を剃ることや、髪を汚すことが禁じられます。一定の清め期間を経て(ミシュナーによれば三十日間)、髪を剃り、犠牲獣を捧げてナジル人になることができます。期間を定めても良いけれども(解除の儀式については13-20節)通例は一生涯ナジル人だったようです。途中で誤って髪を汚すことをした場合は(死体を触るなど)、清め期間七日間を経て、もう一度髪を剃り、犠牲獣を捧げてナジル人となることができます(9-12節)。なお、捧げものについては規定以上に捧げることができるという決まりも付記されています(21節)。

 エルサレム教会においては、このナジル人の誓いを、ヤコブも範を示しつつ推奨していました。ある意味で主の晩餐よりも重視されていたのです。それがユダヤ教正統のおひざ元、神殿のある町エルサレムで教会が「ユダヤ教ナザレ派」として生き残る道だと、ヤコブと長老会は考えていたことでしょう。しかしこの代案もまた失礼な内容であり、パウロの生命を危険にさらす内容です。

 27節には清めの期間が七日だったとあります。四人の教会員というのは、新規のナジル人ではなく誤って髪を宗教的に汚してしまった人のようです。その人々と一緒ということは、パウロもまた誤って髪を宗教的に汚してしまった人と同列にみなすことです。18章18節でパウロは髪を剃ってナジル人になっています。「ギリシャ語圏を歩むあなたはどこかで必ず律法違反の汚れ行為をしている」という疑いをパウロはかけられているということです。この考え方そのものに差別が入り込んでいます。イエスがあえて律法違反の汚れ行為をしたことの正反対の考え方が、エルサレム教会の代案です。

諸教会代表は非ユダヤ人への差別を直接受けて愕然とします。ここにギリシャ人ルカが使徒言行録の中に「パウロ系列諸教会からのエルサレム教会への募金」という史実を書きこまない理由があります(唯一の例外は24章17節)。書かないことによってパウロや自分たちの尊厳を守ろうとしているのです。

26 それからパウロはその男性たちを連れて行き、その次の日に、彼らと一緒に清められて、その神殿の中へと入り込み続けた。彼らの一人一人のために捧げ物が捧げられるまでの清めの日々の満了(時)を告げつつ。

屈辱的な代案を提示されながらも、パウロはその男性たち四名を連れ、エルサレム神殿の中へと入ります。他の人々はムナソンの家で待機をしたのでしょう。そしてエルサレム教会長老会に対する批判を、ムナソンは頷きながら聞いていたと思います。祭司に清めの儀式を依頼し、七日後が清めの期間の満了であると祭司に告げ、五人分の犠牲獣を予約購入します。

この時のパウロの心境はどのようなものだったのでしょうか。砂を嚙み、泥をすする気持ちでしょうか。非ユダヤ人信徒仲間に申し訳ないという思いでしょうか。自分の人生を否定されたような感覚でしょうか。それでもなお元迫害者としての贖罪意識が強かったのでしょうか。これら全ての混乱した考えが渦巻いて、パウロの頭の中は真っ白になっていたと推測します。それだから席を蹴って募金を路銀に変えて直ちにローマへと行くのではなく、反論せずにヤコブたちの言葉に従ってしまったのでしょう。七日は陰謀のために十分です。

今日の小さな生き方の提案は、エルサレム教会のようにならないということです。保身を図ったエルサレム教会の指導者ヤコブも結局正統派により虐殺されました。紀元後70年のローマ軍による神殿破壊と共に教会も消滅しました。保身のために仲間に失礼をしてはいけません。エルサレム教会長老会は「ありがとう」と募金を受け取り、実際に貧しい人に配り、パウロたちの生命のために安全なルートを確保し、直ちにカイサリア教会まで届けるべきでした。約束を守った相手方への最低限の礼儀です。宗教者こそが皮肉なことにこの手の失礼をするかもしれません。自分たちが招いた新来者を晩餐で排除するという行為も、似たような失礼だと思います。