カイサリアの教会 使徒行録21章8-16節 2023年8月13日礼拝説教

8 さて翌日に出かけて、私たちはカイサリアの中へと来た。そして、かの七人のうちの一人であり続ける福音宣教者のフィリポの家の中へと入って、私たちは彼のもとに留まった。 9 さてこの男性に四人の娘たち、非婚者たち、預言者たちが居続けた。 

カイサリアはパレスチナ唯一の大港湾都市です。ヘロデ大王が港を作りローマ風の町づくりをしました(前22年)。アレクサンドリアに次ぐ図書館を有する大都市であり、ローマ総督府がおかれていた町です(後6年以降)。だからローマ帝国から見てパレスチナ地域の経済・文化・政治の中心地は海港カイサリアであって山城エルサレムではありません。カイサリアの町の住民の大半はギリシャ系ですが、少数派のユダヤ人たちと常に自治の主導権争いをしていました。フィリポは二十数年前から、ここに定住し、自宅を教会として礼拝をしています(8章40節)。

ギリシャ語を使う国際派にもいくつかの系列がありました。フィリポ系列の諸教会(地中海南西岸)。パウロ・ルカ系列の諸教会(アンティオキア・小アジア・ギリシャ・ローマ)、バルナバ・マルコ系列の諸教会(キプロス)、アポロ系列の諸教会(エジプト)等、他にも無数の系列があったと思われます。その中で最も古いのはフィリポ系列です。エルサレム教会発祥直後、最初の役員選挙で選ばれた「かの七人のうちの一人であり続ける福音宣教者のフィリポ」(8節)なのですから。ティルス教会・プトレマイス教会もおそらく同じ系列教会のネットワークの中にあります。パウロ・ルカ系列の諸教会代表たちにとって、カイサリア教会員との交わりは有意義なものでした。

その理由の一つはカイサリア教会には預言をする女性たちが指導者としていたということです。フィリポの四人の娘たちです(9節)。この出会いは特にパウロにとって衝撃でした。というのもパウロはコリント教会の指導者たちのうち、預言をする女性たちの立ち居振る舞いを批判しているからです(コリント一11章2-16節)。パウロは教会の中で既婚女性に沈黙も強いています(同14章34-36節)。この明確な女性差別と女性憎悪(misogyny)も、パウロとコリント教会の決裂の一因だったと思います。結果、この場にコリント教会代表者はいません。

カイサリア教会では当たり前のように若い女性の指導者が前に立って発言し礼拝を主導しています。「相当の日数」(10節)その姿を見るにつけ、パウロ系列の諸教会代表はコリント教会を惜しみ、パウロは小さくなります。ガラテヤの教会に「男と女はない」と書いたのなら、コリントの教会に「女は黙れ」「女が預言するには条件が必要」などと書いてはいけません。

もう一つの意義は、使徒言行録の著者ルカと、福音宣教者フィリポとの出会いです。この時初めてパレスチナに来たマケドニア人ルカは、どのようにして使徒言行録の前半(1-10章)を書くことができたのでしょうか。教会の誕生、ステファノの人となり、エチオピアの宦官のバプテスマ、カイサリア方面でのペトロの活動についてはフィリポから得た情報でしょう。ティルス教会でマルコ福音書を見た衝撃と、カイサリア教会でフィリポに出会った衝撃が、ルカを使徒言行録執筆へと駆り立てます。相当日数の滞在の効用です。そしてこの二人はどちらもお人柄が良い人たちです。人格の効用です。

10 さて相当の日数を滞在し続けた時に、ユダヤからアガボという名前の、とある預言者が下って来た。 11 そして私たちのもとに来て、そしてパウロの帯を取って、自身の両手と両足とを縛って、彼は言った。「その聖なる霊はこのように言う。この帯がその人のものである男性は、このようにしてエルサレムにおいて縛られるだろう。そしてそのユダヤ人たちは諸民族の手の中へと引き渡すだろう。」 12 さて私たちがこれらの事々を聞いた時に、私たちでさえもその土地の人々も、エルサレムの中へと彼が上らないように続々と勧めた。 13 それからパウロは答えた。「泣くことで、また私の心を挫くことで、あなたたちは何をしているのか。というのも私、私こそは、主イエスの名前のために、エルサレムの中へと縛られることだけではなく死ぬことも用意として持っているからだ。」 14 さて彼が説得されないので、私たちは黙った、以下のように言って。「主の意志が生ぜよ。」 

 「ユダヤから」(10節)はおそらく「エルサレムから」という意味でしょう。エルサレム教会員であり預言者であったアガボという人が、エルサレムの町の様子をパウロに伝えに来てくれました。実はこの人は以前も大飢饉の預言(物資提供の依頼)をするために、エルサレム教会からアンティオキア教会まで来たことがあります(11章27-30節)。この呼びかけに応えてアンティオキア教会はバルナバとパウロに援助物資(ディアコニア)を送ります。つまり預言者アガボとパウロは旧知の間柄です。十年ほど前に(その頃はフィリポの娘たちは子どもだったのでしょうか)、アガボに先導されてパウロとバルナバはアンティオキアから、ティルス、プトレマイス、カイサリアを通ってエルサレムへと共に歩んだのでしょう。

 フィリポからの依頼でエルサレムの様子をアガボはパウロたちに伝えます。パウロ系列の教会文化と異なり、アガボの預言は旧約聖書の預言者風です。「象徴行為」と呼ばれるものですが、実際の動作によって預言をするのです(11節)。イザヤもエレミヤもエゼキエルも、このような象徴行為を行いながら預言活動をしていました。いわば視聴覚によるプレゼンテーションです。

 アガボはエルサレムの神殿貴族たち、ユダヤ教正統たちがパウロを逮捕しようとしていることを正確に伝えました。そもそもパウロはユダヤ教正統たちからの指示でナザレ派を迫害する者でしたから、「異端」のナザレ派への転向自体が許されざる裏切りです。さらに、帝国領内に散らされている各地のユダヤ教会堂でナザレ派への転向を勧めたり、有力な「求道者」でもある「神を畏れる人々」をナザレ派へと引き込んだりすることは、エルサレムでも噂になっていたのでしょう。元律法学者による独特の旧約解釈と文書活動も正典の権威をゆるがせにします。「彼らは本気であなたを捕縛しにかかる。主イエスのように引き渡される」。アガボの預言は警告です。

 その一方でエルサレム教会の役職者であるアガボは、教会の実情も伝えていることでしょう。確かに経済的にはパウロたちからの寄付はありがたいけれども、小アジア・ギリシャ出身者たちがエルサレムの町に「ナザレ派」として訪問することは、エルサレム教会に対する悪印象にもなりうることをやんわりと伝えていると思います。指導者「主の兄弟ヤコブ」以下は、エルサレム神殿参拝をしながら、ユダヤ教正統に気を使って民族派教会を保っていたからです。

 アガボの分かりやすく現実味のある預言に触れ、ルカたちでさえもパウロのエルサレム行きに反対します。今までこの代表団は、一致してパウロのエルサレム行きに賛成してきました。エフェソの長老たちがどんなに嘆いても(12章37節)、ティルスの教会員たちが反対しても(21章4節)、ルカたちは賛成してきたのです。その「私たちでさえも」反対に転じます(12節)。女性預言者の存在によってパウロの権威が揺らいでいたこともあり、代表団はやっとパウロに向かって反対意見が言える人々になったのかもしれません。エルサレム教会役員アガボも、フィリポや預言者たちカイサリア教会に関係する「その土地の人々も」エルサレム行きに反対しています(12節)。客観的情勢分析を尽くし、主観的愛情も尽くして、パウロのために説得にかかるのです。

ところがパウロは頑固を貫きます。パウロという人は決して空気を読まない人です。他人の感情に無頓着です。相手が泣いても自分の心は折れません。相手の理屈が勝っても、自分が譲歩したり妥協案を考えたりはしません。「死の危険があるとしても、だからどうした」と開き直ります。「募金は自分が約束し、自分が集めて、自分が届ける」と決めています。この決定に自分が死ぬか生きるかということは関係しないわけです。天晴ではありますが、周りは苦労します。カイサリア教会の人たちは立派です。「主の意志が生ぜよ。」と自分たちの正義を押し付けません。殉教者たちを多く見ていますから、パウロの発言に危うい「英雄主義heroism」も看取していたと思います。それでも、彼ら彼女たちは神の意志に成り行きを任せ、一行にとって最も安全なエルサレムでの滞在先を手配します。

15 さてこれらの日々の後、準備ができ、私たちはエルサレムの中へと上り続けた。 16 さて私たちと共にカイサリアの弟子たち(からの数人)も一緒に来た、とあるキプロス人・最初期からの弟子ムナソンのもとに私たちが泊まられるようにと、連れて行くために。

二名以上のカイサリア教会員は100km先のエルサレムまでの旅をわざわざ一緒に来てくれました(16節)。諸教会代表団の中でヘブライ語・アラム語が堪能なのはパウロだけです。旅先で地元の人と接触する際に、パウロの所在が分からないようにしないといけません。カイサリア教会員はパウロを後ろに隠しながら、ギリシャ語圏観光客のツアーガイドのような風体でエルサレムへと案内していきます。そしてフィリポが最初期から親しくしているムナソンという信徒の家に連れて行くのです。バルナバと同じキプロス島のユダヤ人(ヘブライ語名マナセ?)キリスト者です。国際派ですがエルサレム教会員でもあり続けたのでしょう。民族派のエルサレム教会では隅に追いやられていたと思いますが。フィリポは、アガボ(この人も隅に追いやられていたかもしれません)からの情報で、エルサレム教会指導者ヤコブが一行を自宅に滞在させない可能性を見て取りました。ほぼ指名手配なのですから。そこで信頼できる旧知のムナソン宅にフィリポが依頼したのでしょう。ムナソンの自宅はギリシャ語を使うユダヤ人たちが多い地域にあります。できる親切を全て果たしてカイサリア教会員たちは爽やかに帰っていきます。

今日の小さな生き方の提案は、カイサリア教会に倣うことです。女性の指導者たちが当たり前のようにして存在することが重要です。女性で預言者の肩書を持っている人は旧約で四人(ミリアム、デボラ、フルダ、イザヤの妻)、新約で五人(アンナ〔ルカ1章36節〕、フィリポの娘たち)だけです。ジェンダーギャップ指数の下位を走り続ける日本に住む者として大いに反省すべきです。聖書の時代と私たちの現実は悪い意味で変わらないからです。女性だけが多様性の指標ではありませんが、最重要/基礎たる指標ではあります。

福音宣教者フィリポは心の広い人、多様な人々との交わりを楽しむ指導者です。盟友ステファノを殺したパウロを恨まず、民族派エルサレム教会とも交わりを続け、国際派アンティオキア教会とも交わりを続けます。バルナバ・マルコ系列でも、パウロ・ルカ系列でも千客万来です。その視野はアフリカまで含みアレクサンドリア教会やさらに南のエチオピアに至るまで、カイサリア教会は多様な人々との交流ができました。だから自分たちを絶対視しません。客や交わりの相手が望むことをなるべく叶えてあげようと全力で応援します。主の意志と自分の意志を取り違えない構えの親切が求められています。