カナンへの偵察 民数記13章1-16節 2023年8月27日礼拝説教

1 そしてヤハウェはモーセに向かって語った。曰く、 2 「貴男は貴男のために男性たち(を)送れ。そうすれば彼らは、私がイスラエルの息子たちに与えつつある、カナンの地を探るだろう。」「一人の男性、一人の男性、彼らの父祖たちの部族ごとに、貴男らはそれら〔諸部族〕の中の全ての指導者を送るだろう。」 3 そしてモーセは彼らを、パランの荒野からヤハウェの口に基づいて、送った。彼ら男性たち全てこそがイスラエルの息子たちの頭たち。 

4 そしてこれらが彼らの名前。ルベン部族に属するザクルの息子シャムア。 5 シメオン部族に属するホリの息子シャファト。 6 ユダ部族に属するエフネの息子カレブ。 7 イサカル部族に属するヨセフの息子イグアル。 8 エフライム部族に属するヌンの息子ホシェア。 9 ベニヤミン部族に属するラフの息子パルティ。 10 ゼブルン部族に属するソディの息子ガディエル。 11 ヨセフ部族に属する・マナセ部族に属するスシの息子ガディ。 12 ダン部族に属するゲマリの息子アミエル。 13 アシェル部族に属するミカエルの息子セトル。 14 ナフタリ部族に属するボフシの息子ナフビ。 15 ガド部族に属するマキの息子ゲウエル。 16 これらは、モーセがその地を探るために送った男性たちの諸名前。そしてモーセは、ヌンの息子ホシェアのために、ヨシュアと名づけた。

預言者ミリアムがイスラエルの民に合流した後、民は「カナンの地」(2節)に入る具体的な動きをとります。それが「探る」(2節)という行為です。この「探る」(ヘブル語twr)という行為は、狭い意味の「偵察」「スパイ」よりも広い意味範囲を持っています。たとえばエジプトの宰相ヨセフは兄弟たちを「スパイ」「偵察」と決めつけますが、その際には別の単語(ヘブル語rgl)を使っています(創世記42章9節以下)。twrは、物理的には「うろうろと歩き回る」行為であり、精神的には「探求する」行為です。直前では、神が民のために休息の場所を「探す」という意味で用いられています(10章33節)。とても肯定的な意味で、スパイや偵察とは異なります。

この点から考えると、神は約束の地を平和的に与えることも望んでいたようにも思います。旧約聖書の少数の証言は、イスラエルによる先住民の殲滅(「聖絶」)ではなく、イスラエルと先住民との共存を描いているからです(士師記1章19-21節、25-26節、27-36節)。つまり先住民の生活を邪魔しないように配慮しながら、イスラエルの民が休むことができる場所を腰低く探しtwr続けることが、神の本心ではなかったかと思うのです。神は文法的に命令形で「探れ」と強く命じていません。未完了形で、「探るだろう/探るかもしれない/探ってもよい」と柔らかく可能性を示唆しています。うろうろと歩き回り、先住民の生活を知るだけでも「貴男のために」良いのです。

サマリア人の聖書(サマリア五書)では、民数記13章1節の前に申命記1章20-23節の内容が書き足されています。申命記1章の記事によれば、約束の地を探る(ヘブル語chpr)ことは、神ではなく民の発案です。それをモーセは良いアイディアと考えて十二人の男性たちを送ったと、モーセが回顧しているのです。この前後関係が実態だったのではないでしょうか。民は高ぶり軍事占領路線をモーセに迫り、侵略のための準備行動である偵察を敢行すべきだと進言したのでしょう。その中心にヨシュアという軍人がいたのです。

現代のパレスチナ人教会ではヨシュア記を読まないと聞いたことがあります。現代イスラエル国家によるパレスチナに対する軍事占領と虐殺の根拠聖句とされることが多いからです。パレスチナ人の苦難を思う時に、「イスラエルが約束の地に入ること」についてのキリスト教的深い霊的な解釈(時に大胆な倫理的解釈)が必要です。もちろんそれはアイヌ民族や琉球民族等に対する「和人」「ヤマトンチュウ」の態度にもつながります。

 ここに記されている十二名の「頭たち」(3節)の名前が、以前紹介された指導者(「その衆の上にある人物」という表現)一覧と異なることが目を引きます(10章14-27節)。10章の人名を13章の順番に直せば部族の代表者たちは、エリツル(ルベン部族)、シェルミエル(シメオン部族)、ナフション(ユダ部族)、ネタンエル(イサカル部族)、エリシャマ(エフライム部族)、アビダン(ベニヤミン部族)、エリアブ(ゼブルン部族)、ガムリエル(マナセ部族)、アヒエゼル(ダン部族)、パグイエル(アシェル部族)、アヒラ(ナフタリ部族)、エルヤサフ(ガド部族)です。10章の十二名と比べると一人として同じ人物がいません。そして13章の順番は長男ルベンを筆頭に大まかに生まれ順に沿っており(ゼブルン、ベニヤミン、マナセ以外)、かつ、いわゆる「嫡出系列(レアとラケルの子孫)」を先に、いわゆる「非嫡出系列(ビルハとジルパの子孫)」を後にまとめて紹介しています(創世記35章23-26節)。これらの意味で13章の順番は差別的です。

ちなみに10章の指導者一覧は、2章と7章の指導者一覧と人名と紹介順がまったく同じです。7章ではこの十二名の指導者たちが部族を代表して捧げ物を奉献しています。おそらく2章・7章・10章が公式の部族代表者たちなのです。そしてそれらの部族紹介順が荒野での公式順です。宿営や移動がその順番でなされていたからです。13章の名前と部族紹介順が非公式であり不規則です。13章の十二名のうち、カレブとホシェア(=ヨシュア)は、この後にも登場しますが、その他の十名はこの箇所にのみ登場する人物たちです。さらに言えば、この十二名の中に預言者「エルダド」と「メダド」もいません(11章26-27節)。ヨシュアはこの二人を忌避していたことでしょう。

貴男らはそれら〔諸部族〕の中の全ての指導者を送るだろう。」(2節)と、神もしくはモーセが民(「貴男ら」)に向かって言っていますが、この言葉も命令形ではなく未完了形、曖昧な可能性をも示すことができる表現です。翻訳は「送るべき」だけではなく「送るかもしれない」「送ってもよい」という可能性に開かれています。神もモーセも、この探る行為を全部族あげて大々的に行うことに乗り気ではありません。さらに十二部族の公式の指導者たち十二名は全員乗り気ではありません。それは十二部族の多数派が乗り気ではないことを意味します。それだから公式の指導者をどの部族も送らないという決断になったのです。もしも強い命令であったならば、2・7・10章の指導者たちがカナンの地を探っていたことでしょう。部族から部族最上位の指導者を送らないという決断には、子どもたちも女性たちも高齢者たち(長老たち)もその他「災害弱者」と呼ばれる人たちも、賛成したと思います。2節がモーセの発言だとすれば(申命記1章23節もその立場)、そもそも神は部族代表の派遣を想定していないとも読めます。

各部族の中の軍事占領強硬派が、「我こそは」という20歳以上の血気盛んな男性を一人ずつ選び出したのでしょう。指導者たちが誰も行く気がないならば代理として自分たちが行くという勢いです。彼らは戦闘に勝てるかどうかという視点で、カナンの地を探ります。決して生活者の視点でカナンの地の住民を見ていません。たとえば住民を見ても、その体格が屈強かどうかを見て、その生活習慣・文化がどうかという風には考えないのです。

ある種の「軍部の暴走」がここにあります。とはいえ、この人々をカナンの地に送った責任者はあくまでもモーセです(16節)。組織全部の最高責任者には一部の暴走を許可した罪責があります。それは昭和天皇裕仁の戦争責任も同じです。モーセないしヨシュアは軍事的な視点で指示をしています(17-20節)。この指示の主体がヨシュアであったとしても(サマリア五書において「送った」「言った」という動詞の主語は「彼」なので、話者はヨシュアである可能性がある)、強硬派の意見にモーセも同調しています。なぜかと言えば、モーセの「従者」であるヨシュアが、この十二名の中にいたからです。

ヨシュアという人物はすでにヨシュアという名前で登場していました(11章28節、出エジプト記17章9節ほか)。本日の箇所で初めてヨシュアの本名はホシェアであったということが紹介されます(16節、申命記32章44節も)。一体この名づけに何の意味があるのでしょうか。否定的な意義と肯定的な意義が混在していると思います。名づけ行為は創造的な行為です。闇のために「夜」と名づけたことによって、神は闇の本質を暴露し、ある意味で闇を「創造した」のです。たとえばジェンダーやハラスメントという名づけによって、その事柄の闇性がはっきりし、課題が立ち現れたということと似ています。ユダがイエスのもとを去ったのは「夜」でした。

ホシェアという言葉の意味は「救い/救うこと」です。ヨシュアとなると「ヤハウェは救い」という意味になります。救い主の名前が明記される、この名づけにモーセの信仰告白を見ます。しかし、それが軍事的カリスマ指導者ヨシュアの名前となることに危惧をも覚えます。これはヤハウェの名前をみだりに掲げることになるかもしれません(出エジプト記20章7節)。いわゆる「聖戦思想」、政教一致の軍事国家に悪用されそうです。

新約聖書にまで視野を広げるならば、ヨシュアというヘブル語名のギリシャ語訳は「イエスース」、その日本語訳は「イエス」です(マタイ1章21節参照)。軍事のメシア・ヨシュアを、非軍事非暴力のメシア・イエスは同じ名前で裏返します。隣人に対する収奪が救いなのではなく、罪からの解放(神と共に歩み自ら隣人となっていくこと)こそが真の救いです。このイエスが「主(ギリシャ語キュリオス、ヘブル語ヤハウェ)」です。モーセの名づけと信仰告白は、ナザレのイエスをキリストと信じることへと展開していきます。

別の角度から考えてみましょう。この名づけは実質的な後継者指名だったと思います。イエスがシモンをケファ(ペトロ)と名づけたことと似ています。つまり、預言者モーセは自分の指導的地位を一代限りとしたのです。預言者は世襲しない。モーセに二人の息子がいたにもかかわらずです。部族すら変わります。レビ部族のモーセから、エフライム部族のヨシュアへとリーダーシップが移譲されます。大祭司の家系が兄アロンからずっと世襲されたことや、ダビデ王の息子たちが血みどろの後継者争いをしたことと好対照です。

今日の小さな生き方の提案は「イエスが主である」という信仰告白に立って、誰もが共存できる平たい教会・平たい社会をつくっていくことです。イエスがガリラヤのあちらこちらを歩き回った時に、相手を収奪の対象と見て偵察をしませんでした。イエスは力奪われている人々の隣人となったのです。イエスがエルサレムで力を濫用する者たちを批判する時、何が問題なのか改めて探求する必要もありませんでした。自明のことだったからです。アロンの子孫である威張り散らした神殿貴族、「ダビデの息子」の権威に寄りすがる者たち、モーセの後継を自認して権威を振りかざす律法学者たち、これらの「権威主義」こそが闇の正体・罪の本質です。イエスの十二名の成人男性弟子の多数は非暴力に徹していました。非男性・非成人・非ユダヤ人の弟子たちはなおのことです。「イエスが主」と賛美し礼拝する者たち、教会に連なる者たちは、権威主義(虚勢を張って威張ること)を脱ぎ、キリストを着るものです。