聖霊が降る 使徒言行録2章1-6節 2020年9月20日礼拝説教

1 そしてペンテコステの日が満ちた時に全ての者たちは一緒に同じ場所に接して居た。 2 そして突然天から激しい風の吹くような音が生じた。そしてそれは彼らが座っていた家全体に満ちた。 3 そして分かれている火のような舌が彼らに現れた。そしてそれは彼ら各人の上に一つずつ座った。 4 そして全ての者たちは聖霊に満たされた。そして彼らは他の諸々の言葉(舌)を語ることを始めた、その霊が彼らに布告することを与え続けているままに。 

 キリスト教の三大祝祭日の一つにペンテコステ(聖霊降臨日)があります。イースターの七週後の日曜日です。その由来は本日の箇所にあります。ユダヤ教の「七週の祭」のことを、ユダヤ教徒たちはギリシャ語でペンテコステと呼んでいました。「五十」という意味から派生した言葉です。「四十九(七週)」とほぼ同じだからです。

 ペンテコステはキリスト教会の誕生を祝う祝祭です。その場にいなかったギリシャ人ルカだけがその様子を書き留めました。貴重な証言です。ルカの視点を大切にして読み解きたいと思います。

「全ての者たち」(1・4節)とは誰でしょうか。十二使徒のみに限りたい立場から、百二十人の老若男女まで広げたい立場まであります。使徒でもなく、ユダヤ人でもないルカならばどう考えるでしょうか。百二十人まで最大限広げて考えるはずです。そしてそれは文脈にもかなっています。直前の使徒の補欠選は十二人ではできなかったことがらだからです。

「激しい風の吹くような音」(2節)、「分かれている火のような舌」(3節)は、神がそこにいるということを示す表現です。ヨブ記38章で神は嵐の中から語りかけます。出エジプト記19章で神は雷鳴と稲妻の中、シナイ山に降ります。イエス・キリストが天に昇られた十日後、キリストの不在に寂しさを覚えていた百二十人ほどの人々の前に神が現れました。繰り返される「ような」は、超越者を描写するための婉曲表現です。筆舌しがたい方を示すために、そのものずばりではなく、それに似たものとして回りくどく言い表しているのです。霊である神を明確に見たり聞いたり描いたりはできないからです。

彼ら彼女たちが見た神は「火のような舌glossa」でした。その舌が各人の上に座したというのです。この神は、族長たちが信じて従った神と同じ神です。神は同時に、ヤコブにもレアにも、ラケルにもヨセフにも宿る神、共に旅をする神でした。ある場所に固定されるのではなく、信徒一人ひとりと共に移動する神、インマヌエルの神です。

使徒たちだけではなくその場に座っていた百二十人の各人の上に、神が座った。一人ひとりが神の座になっています。すべての信徒は聖霊なる神の座す神殿の至聖所です。もはやエルサレム神殿は不要です。この神を著者ルカも信じています。神はギリシャ世界でも信徒と共におられ、一人ひとりを聖霊の宮としてくださる方です。イスラエルの歴史の中でソロモン王が神殿を建てたり第二神殿を再建したりヘロデが増築したりしましたが、やはり神の本質は族長の神・荒野を旅する民と共に旅をする神です。神は不動産に縛られず、信徒と共に動く方です。神は霊であるからです。

そしてこの神は「言葉」でもあります。舌glossaには言葉という意味もあります(4節)。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった」。有名なヨハネ福音書1章では「言」logosという別の単語ですが、言わんとするところは重なります。共にいる神は言葉そのものでもあります。神は、言葉によって信徒を励ます方です。そして言葉である神は、信徒に語るべき言葉を与える神です。その語るべき言葉の第一は、「イエス・キリストが神によってよみがえらされた、わたしはそれを見た」という証言です。それこそキリストの教会が世界に向けて布告すべき内容です。

 この神をルカも信じています。ルカの出身教会のフィリピ教会では、一つの讃美歌が歌い継がれていたと推測されています。「キリスト賛歌」と呼ばれる詩です(フィリピ2章6-11節)。その最後に、「すべての舌が、イエス・キリストは主であると公に宣べて、父である神をたたえる」とあります。舌・言葉である神が、信徒の舌に働きかけて信仰告白の言葉(証言)、神賛美へと導くのです。賛美の上に神は座したもう方です。

 信仰告白の言葉は「他の諸々の言葉」(4節)だったとされます。具体的には9節以降にあげられている地域の言語です。ルカが描くキリスト教会は誕生の時から、多言語の交わりでした。このことは意義深いものです。使徒言行録にはギリシャ語圏の教会が紹介されています。ルカもその一人です。教会は本質的に非ユダヤ人世界に最初から開かれた存在です。しかも、ギリシャ語もその中の一つにしか過ぎません。中央アジアの地域や言語、アラビアやエチオピアの方面にも開かれているのです。仮に使徒言行録にギリシャ語圏の教会しか紹介されていなくても、わたしたちはそれ以外にも無名の信徒たちの伝道によって教会が次々とたてられていったと推測するべきでしょう。実際世界史の中でキリスト教の伝播は驚くべき現象です。伝播の速度や範囲や信徒の多さは驚異的で、著名な個人だけの活動ではありえません。ルカは最初からキリスト教にその潜在力があったと語っています。

5 さてエルサレムの中に天の下の全ての民族からの、よく受け取る人々が住んでいた。6 さてこの声が生じて、群衆が共に来た。そしてそれ(群衆)は混乱した。なぜなら自身の母語で彼らが話しているのを各人が聞いていたからである。

5節は議論の多い箇所です。たくさんの異読(写本による本文の差異)があるからです。要点は「ユダヤ人」という単語が元々あったのか無かったのか。「ユダヤ人」「人々」が並んでいるので理解が困難なのです。ユダヤ人の有無によって5節に紹介されている人々が、「帰って来た外国に住むユダヤ人」なのか、それとも「エルサレム在住の外国人」なのかが分かれます。

私訳の立場は、「ユダヤ人」という単語は後の付け加えとして省くものです(田川建三による)。ちなみに「帰って来た」(新共同訳)という動詞はありません。前置詞「~からの」だけです。ユダヤ人であると想定するとエルサレムに帰って来るということになるわけです。逆にユダヤ人のみではないと想定すると「~からの(出身の)」という直訳で十分意味は通じます。直後の9-11節の書き方からも(最後の方で「ユダヤ人もいれば」とある)、5節に登場した人々の大勢は非ユダヤ人のエルサレム住民と考えます。この人々は母語がアラム語ではないのです。

 こうしてペンテコステの出来事の目撃者であり、最初に教会を構成した「三千人」(41節)がどのような人々であったのかが判明します。「信心深い」(新共同訳)は、原意を汲めば「よく受け取る」という意味。実直な人々という感じです(田川訳「真面目」)。母語がアラム語ではない、さまざまな周辺地域出身のエルサレム住民で、「よく受け取る」人々がさまざまな言語でなされる神賛美や信仰告白を聞きつけたのです(6節)。

 「声」phoneと訳しました。「音」という意味もあります。ただしかし、2節の激しい風は、さきほど申し上げた通り実際の風かどうかは不分明です。霊である神がその場に来たと言いたいだけなのですから。また2節の「音」echosは、単語も異なります。同じ音を指さないと考えます。むしろ実際に物音が立ったのは、百二十人が語り出した諸々の声でしょう。それが不思議なことに自分たちの母語に聞こえたので、不思議に思って声のするところを「よく受け取る」人々が吸い寄せられました。つまり「よく受け取る」人々は、母語について敏感で、母語に飢え渇き、母語を求め、母語をよく受け取る人々です。なぜなら彼ら彼女たちがエルサレムでは外国人として暮らしていたからです。「言葉は神であった」ということがらは、外国に暮らせばよく分かります。

 著者ルカは何度かエルサレムに来たことがあります。パウロがエルサレム神殿で逮捕された時にも一緒でした。エルサレムを訪れた時、「最初の教会がこの宿屋から始まったのだよ」と、教友の誰かに教えてもらったと思います。ギリシャ人でアラム語を話せないルカもまた、エルサレムにいる間は母語を「よく受け取る」人々だったと推測します。誰かギリシャ語を話している人を見かけたら、そこに寄って行って「自分はフィリピの出身である」ことを自己紹介したはずです。ルカは最初の三千人に自分を映し出し重ね合わせています。

 彼らは「共に来た」syn-erchomai(6節)。この言葉は1章6節にも21節にも用いられています。キリストと共に歩くこと、礼拝をすることを示唆する表現です。ここですでに「よく受け取る」人々がキリストの道を歩むことが予告されています。この延長にマケドニア地方への伝道の波及、フィリピの町の教会の設立もあります。ルカもまた、キリストのもとに「共に来た」一人のギリシャ人信徒なのです。

 「群衆」plethosはルカが好む(31回中28回)、かなり大勢の種々雑多な人々を指す言葉です。当然、多くの出身地がありえます。その人々は混乱をきたします。百二十人の讃美歌や信仰告白は、ガリラヤ地方の人々が話すアラム語に聞こえます。それと同時に、各人の母語にも聞こえたというのです。これは不思議な現象、奇跡です。「言葉は神であった」。霊による言葉に不思議な力があって、全ての者たちは同時に自分にとって最も分かりやすい言葉で、「十字架で殺されたイエス・キリストが、神によみがえらされた。ナザレのイエスこそ今も生きている世界の救い主だ」という讃美歌と信仰告白を聞いたのです。

 この交わりは国家というものを軽々と飛び越えています。私訳は、ethnosを「国」とせずに「民族」とし(5節)、dialektosを「故郷の言葉」とせずに「母語」としました(6節)。「国語」「方言」「標準語」という考え方を批判するためです。ルカは言葉を最大限評価しながら、しかし言葉の危険性を批判しています。一つの支配的な言葉は他の言葉を使う人を締め出す道具になるからです。結局人間の操る言葉は、神である聖霊に劣るのです。聖霊の導く不思議な言葉でなくては、全ての民族からの人々との交わりは作れません。

 今日の小さな生き方の提案は、教会の原点に立ち帰ることです。教会は、イエス・キリストの復活を証言し、神をほめたたえる場です。霊的礼拝です。教会は、言葉を超える愛の交わりです。口先だけで「互いに仕え合いましょう」と言うのではなく、互いの心理的距離を保ってずけずけと踏み込まないことです。自分の言葉は、同じ言語を使ってさえも、相手に届いた時点で別の言葉に変容し理解不能になることがあります。聖霊のみが、二言語を一つの魂に結びつけます。教会は「よく受け取る人々」の集まりです。わたしたちは何かに飢え渇いているから教会という場へと共に来ます。大まかに分ければわたしたちの魂が追い求めているのは「愛」か「義」でしょう。礼拝という場で、愛か義を受け取りましょう。著者ルカと同じように、あの最初の三千人に自分を重ね合わせ、教会の原点に立ち帰りましょう。