八月になると戦争と平和について思いを馳せる習慣が日本にはあります。そこに教育効果があるので、良い習慣…
わたしたちのように ヨハネによる福音書17章6-19節 2014年8月10日礼拝説教


八月になると戦争と平和について思いを馳せる習慣が日本にはあります。そこに教育効果があるので、良い習慣…

ヨハネ福音書は旧約聖書を直接引用することが比較的少ない福音書です。パウロの手紙(ロマ書が典型)やヘブ…

今日の聖句も含め、ヨハネ福音書15-17章の多くの部分は、元来の著者ヨハネの言葉ではなく、著者の言葉…

「世の終わりについての教え」を終末論eschatologyと呼びます。キリスト教の主流は、20世紀ま…

「人生万事塞翁が馬」という中国の故事成語があります。長い人生において、何が幸いになり何が不幸になるか…

「イエス・キリストは世に憎まれた結果迫害され殺された、それと同じようにイエスの弟子たち・キリスト信者…

今日の話は先週の続きです。先週は弁護士としてのイエス・キリストという視点から、ぶどうの木のたとえを説…

イエスは一つのたとえをもって自分と弟子たち、自分と神との関係を示されました。それはぶどうの木とその枝…

「積極的平和主義」「集団的自衛権」という単語についてしばしば目にし、耳にする毎日です。テレビ報道の生…

本日はペンテコステ(聖霊降臨祭)の日です。イースターから七週間後の日曜日を教会暦ではペンテコステと言…

死後の世界を語ることには躊躇があります。躊躇のあるほうが健全です。誰も死後の世界のことを知らないから…

以前に、愛するということに関しては結果がすべてであると申し上げました。愛し合っている交わりには、徐々…

ヨハネ福音書の著者が誰なのかは、他の福音書と同様に議論が分かれるところです。すべての福音書の名前は、…

キリスト者になるということは、キリストの背中を見ながら、その真似をするということです。「わたしがあな…

今日の箇所はわたしたちの行っている「主の晩餐式」という儀式を根本的に問い直す部分です。いったん徹底的…

キリスト教という信仰は、「ナザレのイエスをこの世界全体の救い主である」と信じる教えです。イエスをキリ…

今日申し上げたいことは一つだけです。それは、「見ないのに信じる人は、幸いである」ということです(20…

受難週となりました。教会暦によれば、今日が「棕櫚の主日」であり、今週の木曜日が「洗足の木曜日」、金曜…

過越祭のころエルサレム神殿は多くの観光客でもにぎわいます。20節の「何人かのギリシア人」も、そのよう…

今日は「棕櫚の主日Palm Sunday」の語源となった物語です。受難節の最後の週、イースター直前週…